行事風景

天国からの手紙

終活、していますか?

終活は年齢に関係はなく、思いが浮かんだ時に始めるべきことだと思っています。
家のものを断捨離して身軽になる、ことではありません。

身体が弱かった母は、彼女なりの終活(仕事をわたしが引き継いでやっていけるように、会社のファイルにはあちこちにやり方が書かれたメモが貼ってありました)をしていました。

わたしは、母が亡くなったあとに「準備しておかなければ残された人が困る」ことを痛感したため、常日頃あれこれと終活をしています。

例えば、銀行口座と引き落とし内容・日付の一覧表、加入保険と担当者・更新日の一覧表は年に一度見直して作成しています。
葬儀ミサについての希望も、簡単にまとめてあります。

残された家族(また友人)にスムースに事後を進めてもらうため、自分の気持ちを分かってもらうために準備をする、それが終活です。

 

1月に帰天した友人のお父様、87歳でした。
とてもユーモアのある、エンターテイナーでした。

先日、そのお父様から(お父様の名前で友人から)お手紙が届きました。

友人の許可をもらったので、お手紙を少し抜粋してご紹介します。

「御礼と天国からの報告」

皆様その後いかがおすごしですか?
その節はわざわざお見送りありがとうございました。
あれから49日も過ぎ、こちらの生活にもかなり慣れてきましたので、お約束通り最初で最後の報告をしたいと思います。

こちらに来るにあたって、何も情報がない中で用意したもの、携帯・パスポート・カードなどなど。
一番心配だったのは言葉。
しかし、ここは「天国」という一つの国だから、世界各国から素晴らしい人たちが集まっていて、言葉はひとつです!
だいたいここにはお金と言う概念はないし、戦争、差別というようなものは死語みたいです。
というか、最初からそんな言葉はなかったみたいです。

こちらの季節は日本の春みたいです。
海に行きたければ世界の海が、スキーに行きたければ世界の山が待っています。
一番人気があるのはゴルフで、わたしも一度行きましたが、ここのフェアウェイは雲の上を歩いているみたいにフワフワの感じです。

最初に親父、お袋、家内と会ったときは全く気が付きませんでした。
それは、3人ともばさろ(とっても、という意味の筑後弁)若くなっていたからです。
ここでは自分が一番好きな、一番輝いていた年齢に戻ることができるんです!
それではわたしが何歳くらいになったか?は、今度こちらでお会いしたときのお楽しみに。
「天国」はね、逃げないのでそちらでゆっくり過ごしてからお出かけください。
「天国」の情報を少しですがお知らせしました。
それでは皆様、また会う日までさようなら!

 

お父様は、数年前から「万が一のために」と終活をされていたそうです。

そのひとつがこのお手紙でしたが、実は、「葬儀で流してほしい」と家族に内緒でビデオ撮影もしていたのです。

自分の葬儀で、参列者にお礼とお別れの挨拶をする内容でした。
(自分の姪にビデオを託し、他の家族には秘密だったのです!)

お父様がこの手紙を書いている様子、ビデオを自分で撮影している様子が目に浮かびます。
おそらく、見る人たちが驚いたり喜んだりする姿を想像して、ニヤッと笑いながら準備されていたはずです。

お父様を想うと、コヘレトのことばが浮かびます。

わたしは知った。
人は生きている間、喜び楽しんで暮らす以上に幸せなことはほかにはないことを。
実際、人がみな、食べたり飲んだりして、労苦によって得たものを楽しむこと、これこそ神の賜物であると。
(3・12~13)

見よ、わたしは気づいた。
実に素晴らしいことは、日の下で労苦する者が、神のお与えになった生涯の日々において、そのすべての労苦のうちに幸せを見出し、食べたり飲んだりすることである。
これが人の受ける分だからである。
神はさらに、すべての人間に富と財宝を与え、それによって食べ、その分け前を受け、労苦を楽しむ力をお与えになった。
これは神の賜物である。
彼は自分の生涯の日々のことを、くよくよ思わない。
神が彼の心に喜びを与えてくださるからである。
(5・17~19)

神がこれらの空しいすべての日々を、日の下であなたに与えてくださった。
それが、あなたがこの世にあって受ける分であり、日の下で労苦するあなたが受ける分である。
あなたの手の力でできるすべての仕事を行え。
あなたの行く陰府には、働きも企てもなく、知識も知恵もないからである。
(9・9~10)

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「エンディングノート」は、自分が亡くなった後に残された家族に自分の気持ちを伝えるための、一種の遺言書です。

一昔前は、遺言書は「資産のあるお年寄りが準備するもの」のようなイメージがありましたが、「エンディングノート」は終活の一般的なことのひとつとして広く認知されてきました。

先日のサンパウロの出張販売でも、周りにいた方々に「みんなも買って準備して!」と勧めまくりました。

 

*自分の信仰について
*介護について
*通夜・葬儀について
*事後の手続き
*遺言

といった項目に分かれていて、いつ書いたか、いつ手を加えて修正したかの日付を書く欄もあります。

自分の信仰のについて整理するのは、四旬節の今が最適かもしれません。
自分自身のことを振り返ることができ、楽しみながら書き進めているところです。

箱買いして知り合いに配りたい、と思うほどお勧めです。

 

道しるべ

経営者である友人が高校の出前講座で授業をする、ということで、原稿を見せてくれました。

「経営者としてどんな人と仕事をしたいか」という項目に、彼はこう書き並べています。

1)努力することを当たり前だと思っている人
2)他責にしない人
3)誠実な人
4)数字に強い人
5)行動が速い人

大人からみれば当然のようにも思えますが、まだ社会を知らない高校生にはどのように響いてくれるでしょうか。

将来「高校の時にそう言ってたおじさんがいたなぁ。ほんとだったなぁ!」と思い出す日がくることを願います。

箴言21章には、友人が伝えようとしていることが書かれています。

勤勉な人はよく計画して利益を得
あわてて事を行う者は欠損をまねく。

(5)

不遜な者を罰すれば、浅はかな者は知恵を得る。
知恵ある人を目覚めさせるなら
彼は知識を得る。
(11)

弱い人の叫びに耳を閉ざす者は
自分が呼び求める時が来ても答えは得られない。
(13)

自分の口と舌を守る人は
苦難から自分の魂を守る。
(23)

欺いて語る証人は滅びる。
聞き従う人の言葉はとこしえに堪える。
(28)

多感な年ごろに、素敵な大人と接する機会があるのは本当に宝物です。

当時はよくわかっていませんでしたが、中学高校の年代に吸収する大人の振る舞いと言葉は、その後にとても大きく影響をもたらします。

わたしは高校2年、3年と同じシスターが担任でした。
わたしが16歳のとき、シスターは52歳

本当に素敵な女性で、当時のわたしには憧れの大人でした。

聖書を教えてくれるだけでなく、おしゃれ(修道服の下に彼女なりのおしゃれを楽しんでいらっしゃったし、ベールを脱ぐと軽くパーマがかかっていました)についても、今思えば「品よく楽しむ」ことを彼女から学びました。

キリスト教研究会という部活の顧問で、美味しいケーキを囲んでの勉強会ではいろいろなことを話してくださいました。

大学時代のBFのお話、スポーツの楽しみ方、社会人を経てシスターになったいきさつなど、いつもワクワクしながら聞いていたのを思い出します。

大学に行くことも、大人になることも、シスターの話を聞いて楽しみに感じていた記憶があります。

間違いなく、わたしのその後の人生に大きな良い影響を与えてくれた最初の「大人」です。

 

わが子よ、聞け。わたしの言葉を受け入れよ。
そうすれば、お前の命の年は増し加えられる。
わたしは、お前を知恵の道に導き、お前を正しい道に歩ませた。
歩く時も、お前の歩みは妨げられず、走る時も、つまずくことはない。
(箴言4・10~13)

わが子よ、わたしの言うことをよく聞け。
わたしの言葉に耳を傾けよ。
それをお前の目から離さず、おまえの心のうちに保て。
それを見出す者には、それは命となり、その全身を健やかにする。
用心深くお前の心を守れ。
そこから、命の泉が湧き出る。
ひねくれたことを言う口を、お前から取り去り、曲がったことを言う唇を、お前から遠ざけよ。
お前の目は前を見つめ、お前の視線を、お前の前に注ぐようにせよ。
お前の足の歩みに心を配り、お前のすべての道を堅く固めよ。
右にも左にもそれるな。
お前の足を悪から遠ざけよ。
(箴言4・20~27)

高校時代には旧約聖書を学ぶ機会はありませんでした。

旧約の魅力は、大人になってからでないとわからないでしょう。

若いころにどのような大人を「素敵だ」と思っていたかによって、大人になるステップが変わります。

わたしが東京の大学に行っていた時、シスターは東京の姉妹校に転勤していらしたので、一緒にイグナチオ教会の勉強会に参加したりミサに参列していました。
今も、時々電話でお話します。

道しるべとなる大人との出会いが、すべての子どもたちにありますように。

 

 

魅力的な本

宮﨑神父様の異動が正式に発表され、寂しい気持ちが日に日に増しています。

久留米に来られて、10年目の春です。

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本を選ぶとき、いつもどうしていますか?

わたしは、
1.読んでいる本のなかに紹介・引用されていた
2.表紙のデザイン・タイトルに惹かれた
3.Amazonの紹介文に興味を引かれた

などが決め手ですが、1は当たり(好みの本)が多く、2と3は外れ(期待と違う本)のことがあります。
思っていた内容ではなかった、読んでいて頭に入ってこない文章(翻訳のことが多い)だったなどで、最後まで読むことが出来ずに放置している本もかなりあります。

今回お勧めする本は、1~3どれでもなく、サンパウロの出張販売で見つけて購入したものです。

表紙もタイトルも(失礼ながら)素敵ではないし、誰かに勧められたわけでもなく、急いでいたけれどどうしても1冊買いたくて適当に選んだ本でした。

ところが。
読み進めていると、「そうなのか!」「しらなかった!」「なるほど!」と思わされることが多い、当たりの本だったのです。

現代における他の宗教との融和が大きなテーマで、前半は、旧約と新約における異教徒(ユダヤ教以外、キリスト教以外)の扱いについて書かれています。

その一つが、ヨナ書についてです。
ヨナ書は、「ユダヤ教の排他主義に対する批判でもある慈愛と寛容の精神」(フランシスコ会訳聖書の解説)を表したひとつの物語です。
紀元前5〜4世紀までには書かれていたとされています。

ヨナ書、わたしはあまりこれまで意識して心に留めていませんでした。

主の言葉が、アミタイの子ヨナに臨んで仰せになった、「立って、あの大きな町ニネベに行き、町に向かって叫べ。彼らの悪がわたしにまで達したからだ」。
しかし、ヨナは立ち上がると、主の前からタルシュシュに逃れようとヨッパに下った。
(1・1〜3)

この始まりについて、本にはこのように書かれています。

ヨナは、旧約聖書の中で最も有名な「外国人への宣教師」であり、かつて神から逃げようとした預言者である。
神がイスラエルの民を選んだのは、地上のすべての人に救いをもたらすためであり、他の国々への光となるためであった。
ヨナも含めて、イスラエルの多くの人はこの目的を忘れていた。
ヨナ書が書かれたのは、イスラエルの人々に諸民族に対する態度を改めさせるためであったとされる。

こんな深い物語だったとは!目から鱗でした。

しかも、こうも書いてあります。

異邦人に対するペトロの態度は、ユダヤ系キリスト教徒の見解をよく表している。
彼は、初代教会に異邦人を受け入れることを躊躇していた。
初代教会の信者たちは、自分たちはユダヤ教のなかのひとつのグループのメンバーであると思っていた。
ペトロも同様であったが、百人隊長コルネリウスに出会ってから変わった。
コルネリウスはペトロから洗礼を授かった最初の異邦人である。
(使徒言行録10章参照)

ペトロはコルネリウスに会う直前に、異邦人と関わりたくない態度を示し、岸沿いの町ヤッファにいた。
旧約では神はイスラエル以外の民族を救うために預言者ヨナをニネベに遣わしたが、ヨナはこの使命を拒んで反対方向へ行き、ヤッファ(ヨッパ)から逃げようとした。
このように、ヤッファ(現在のイスラエルの中心都市、デルアビブ)は異邦人への宣教の象徴的な出発点となったのである。

こうした意図を理解した上て改めてヨナ書を読み、ヤッファがいかに今日まで象徴的な町であるのかに思いを馳せています。

2019年の巡礼の最後の日に、ヤッファを訪れました。
それまで巡っていたエルサレムやガリラヤ湖畔の町、死海周辺の町、聖書の香りがあちらこちらに漂う町とヤッファは、全く違う世界でした。

様々な人種、様々な宗教、東アジアとヨーロッパどちらの影響も色濃く感じられる現代都市でした。

おそらく、当時の港町ヤッファもそうであったはずです。

 

主はわたしたちにこう命じておられます、『わたしはあなたを異邦人の光として立てた、あなたが地の果てまでも救いをもたらすために』」。
異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉をたたえた。
そして、永遠の命にあずかるように定められていた人々はみな、信仰に入った。
このようにして、主の言葉はその地方全体に広まった。
(使徒言行録13・47〜49)

 

 

ヤッファの丘の上にある、聖ペトロ修道院からの眺めと、聖堂内部の写真です。

今なら、なぜこの地にペトロの名を冠した修道院があるのか、よく理解できます。

 

 

テルアビブも攻撃を受けており、イスラエル上空は飛行禁止区域となっています。

もう安心してイスラエル巡礼に行ける日は来ないのかもしれません。

2500年経っても異教徒の排斥がこのような形で起きているのかと思うと、胸が痛くなります。

 

心の断食

18日の灰の水曜日から、今年も四旬節が始まりました。

定期的にファスティング(プチ断食)をしている友人がいます。
ダイエットのためではなく、身体と心をリセットして整えるために効果的なのだそうです。

ネットで「断食」と検索すると、精神的な効果があると書いてあります。

*心をクリアにし、雑念を取り除く
*集中力を向上させ、思考を研ぎ澄ます
*自己肯定感の向上
*ストレスの軽減とメンタルヘルスの向上
*日ごろの食事への感謝

最近ではデジタルデトックス(情報断食)といって、スマホ・パソコン・テレビを一定期間手放すやり方もよく耳にします。

次のことは、お前たちが永久に守るべき掟である。
すなわち、第七の月の十日には、お前たちは、自らを苦しめ、いかなる仕事もしてはならない。
この日には、お前たちを清めるための贖いが行われるからである。
主の前で、お前たちはすべての罪から清められる。
この日はお前たちにとって完全な安息の日である。
お前たち自らを苦しめなければならない。
これは、永久に守るべき掟である。
(レビ記16・29~31)

祭司たちよ、粗布をまとって嘆け、祭壇に仕える者たちよ、泣き叫べ
断食を布告し、聖なる集会を召集せよ。
(ヨエル書1・13,14)

断食し、嘆き悲しみながら、心をこめてわたしに立ち返れ。
お前たちの衣服ではなく、心を引き裂き、お前たちの神、主に立ち返れ。
(ヨエル書2・12~13)

この時代、贖罪の日には「断食を布告する」ことで、断食を聖なる儀式として行っていました。
飲食しないだけでなく、仕事を中断し、ぜいたく品を避け、身体に油を塗ることもしませんでした。

嘆き、泣き叫んで罪を悔い改め、心を引き裂くほど心をこめて、主への信頼を改めて確認するのです。

わたしには到底及ばない、神への絶対的な信仰、力強さを感じます。

 

「断食する時、偽善者のように暗い顔つきをしてはならない。
彼らは断食していることを人々に見せるために、浮かぬ顔をする。
あなた方によく言っておく。彼らはすでに報いをうけている。
断食する時には、頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
それは、断食していることを、人々には知られず、隠れたところにおられるあなたの父に知っていただくためである。
そうすれば、隠れたことをご覧になるあなたの父が報いてくださる」。
(マタイ6・16~18)

現代のわたしたちは、何のために大斎・小斎を守るのでしょうか。
食事を普段よりも制限し、好きなコーヒーやワインを我慢して、自己満足に終わっていないでしょうか。
決まってるからやる、という「習慣」になっていませんか。

「食事を減らすことで慎み、心身を清めるもの」
「イエスの思いや貧しい人々の思いを少しでも共感するため」

このように教えられていますが、レビ記、ヨエル書の記述のような神への信頼が、今のわたしたちのベースにあるでしょうか。

レビ記はBC1400年頃に、ヨエル書はBC800年以降(諸説あり)に書かれたとされています。
マタイ福音書はAD80年ほどですので、わたしたちが現在行なっている食事の断食は、3500年くらいの歴史ある信仰のしきたりなのです。

 

今年の四旬節、教皇様の力強いメッセージは、「耳を傾ける、断食する」というものです。

「断食」の仕方のひとつとして、このようにおっしゃっています。

きわめて具体的でありながらあまり評価されていない一つのかたちの自制を行うように皆様を招きます。
すなわち、隣人を攻撃し、傷つけることばを控えることです。
ことばの武装を取り除くことから始めようではありませんか。
辛辣なことば、性急な判断、その場におらず弁解できない人の悪口をいうこと、中傷することをやめようではありませんか。
むしろ、ことばを慎み、優しさをはぐくむことを学ぶために努力しようではありませんか。
家庭の中で、友人の間で、職場で、〈ソーシャルメディア〉において、政治的な議論において、メディアにおいて、キリスト教共同体において。
そうすれば、多くの憎しみのことばは希望と平和のことばに代わることでしょう。

わたしはこれを、「心の断食」だと理解しました。

軽々しい会話ややり取りで、わたしたちは日常的に人を不用意な言葉で傷つけています。

今年の四旬節は、教皇様のおっしゃる「心の断食」を特に意識してみようと思います。
人を批評することをやめるのです。

https://www.cbcj.catholic.jp/2026/02/16/36674/

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22日のごミサでは、4/4の復活徹夜祭で洗礼を受ける6名の洗礼志願式が執り行われました。

とても嬉しい日曜日となりました。

 

 

平和の本質

ミラノオリンピックでの選手たちの躍動に、連日胸が踊ります。

開会式では、俳優で国連平和大使のシャリーズ・セロンさんがスピーチをされました。

「平和とは、単に争いがない状態を指すのではありません。
平和とは、人種、肌の色、信条、宗教、性別、階級、カースト、あるいはその他いかなる社会的な違いに関わらず、すべての人が繁栄できる環境を築くことです。
今日、このメッセージはこれまで以上に重要な意味を持っているように思えます。
ですから、これらの大会が単なるスポーツの祭典以上のものでありますように。
それが私たちに共通する人間性を思い起こさせ、互いへの敬意を確認し、そして世界中に響き渡る平和への力強い呼びかけとなりますように。」

ネルソン・マンデラの言葉を引用しつつ「平和の重要性」を強調し、戦争や争いのない世界をつくること=平和の本質を理解することが大切だと訴えました。

アメリカのテキサスからワシントンまでの3700キロの道のりを、徒歩で平和を訴えているベトナムの僧侶たちの「ウォーク・フォー・ピース(Walk for Peace)」という活動が話題になっています。

道中は、キリスト教の教会や大学のキャンパスなどで宿泊しながら、各地の人々に温かく見守られ、声援を受けているようです。

「これは抗議活動ではない。憎しみを捨て、自分自身の心の平和を探し続けよう」とおっしゃっていました。

平和の本質は、根本的には日常生活の中にこそ確率されるべきものでしょう。

先日、友人が「月刊誌・福音宣教に考えさせられる記事があった」と教えてくれました。
それは、旧約聖書の創世記33章にある、エサウとヤコブの兄弟の争いと和解のくだりに関するものです。

ヤコブが目を上げると、エサウが四百人の者を引き連れて来るのが見えた。(1)
ヤコブはそれから、先頭に進み出て、兄のもとに着くまでに七度地にひれ伏した。(3)
エサウは走って来てヤコブを迎え、抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣いた。(4)
ヤコブは言った。「いいえ。もし御好意をいただけるのであれば、どうぞ贈り物をお受け取りください。
兄上のお顔は、わたしには神の御顔のように見えます。このわたしを温かく迎えてくださったのですから。
どうか、持参しました贈り物をお納めください。
神がわたしに恵みをお与えになったので、わたしは何でも持っていますから。」
ヤコブがしきりに勧めたので、エサウは受け取った。
(10~11)

この兄弟の争い、わたしがエサウならヤコブのことを一生赦すことはできないと思ってしまいます。

福音宣教の記事(聖書学者の魯 恩碩(ロ・ウンソク)氏)では、10節の「兄上のお顔は神の御顔のように見えます」という表現は、和解の始まりの瞬間に敵の顔の中に「神の似姿」が見えたのだ、と解説されています。

そして、その後の聖書には、エサウがヤコブに「一緒に行こう」と言いますがヤコブは断る、という驚きの展開が続きます。

和解した兄弟は、元の仲の良い双子の関係に戻ったのではなく、互いに別の道を歩むことで次のステップ=それぞれの平和を実現するのです。

 

 ジェームス・ティソ「エサウとヤコブの再会」 

 

教皇レオ14世は、アッシジの聖フランシスコ没後800年にあたって、次のように述べておられます。

平和が神のすべての善の総和であり、いと高きかたから降るたまものだということです。
人間の力だけで平和を築けると考えることは、なんという幻想でしょうか。
平和は日々、受け入れ、生きるべき、積極的なたまものです。 

https://www.cbcj.catholic.jp/2026/01/20/36321/

平和の本質について、わかりやすく、簡潔に心に訴えかけられるお言葉です。
「日々受け入れて生きる賜物」

わたしたち一人ひとりが平和を生きなければならないのです。

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ニューヨークのJewish museumで買ったこの画集、旧約聖書の物語を絵にしたジェームス・ティソの一連の作品集です。
旧約を振り返るときに見返す、わたしの宝物です。

 

僧侶たちのWalk for Peaceについては↓こちら

https://www.jiji.com/jc/article?k=20260205048466a&g=afp