行事風景

七五三のお祝いとお恵みの子どもたち

11日のごミサでは、七五三のお祝いがありました。

そして、長崎の神学校から13名の神学生と3名の神父様がたもお越しになり、
お恵み溢れる素晴らしい日曜日のミサとなりました。

 

 

 

現在、14名の神学生が在籍していて、そのうち12名が長崎教区の出身とのこと!

2名は、われらが福岡教区の誇り、久留米の横山神学生と、今村教会出身の鈴木神学生です。


5人の神父様による贅沢なごミサ。

そして、お恵みに満ちた神学生たちと七五三の祝福を受けるたくさんの子どもたち。

 

 

 

みなさん、教会中に満ち溢れる聖霊のパワーを感じられたのではないでしょうか。

特別のお恵みを受けた子どもたち&青年たちからのおすそ分けをいただいたような気持ちで、
息を吸い込むたびに、体内に良いエネルギーが入ってくるのを感じました。

ごミサのあと、何人もの方が「今日は素晴らしいごミサだった!」とおっしゃっていました。

 


最後に神学生たちがギターの演奏付きで素敵な歌声を披露してくれました。

3曲目は自らのアンコールによって。(笑)


♪聖霊きてください

あなたの光の力で

わたしたちを照らしてください♪


♪わが主イエス

わたしを包む、わたしを満たす♪


横山神学生の挨拶がとても心に響きました。

「わたしたちも皆さんのために日々お祈りしています。
来週末に大学受験を控えている2名の神学生のために、わたしたち神学生のためにもお祈りください。」

 

 


彼らがこれから、高校へ進学し、大学生となりコレジオで学び、その後に神学院で6年学び、
助祭、司祭となっていく長い道のり。

彼らのためにも、わたしたち信徒のためにも、心を込めて祈り続けて行きましょう。

 

死者の月に想う。

3日の秋晴れの美しい空の下、盛大に行われた神学院祭については、また次回!

 

今月は、死者の月です。

「死について黙想し、周囲の亡くなられた方が永遠の命に招かれるように祈ることは、

私たちがよりよく生きることに繋がります。」

宮﨑神父様がミサでおっしゃった言葉です。

 


今日のミサで撮影した写真。

朝日の偶然による光の屈折が美しく、聖霊が、天と教会のなかのわたしたちを結んでいるような気がしました。

 

こちらは、ボリビアの死者の日の様子。

 

 

ボリビアでは死者の日から数日、お仕事はお休みだそうです。

「みなさん、お墓参りに行ったり、もし今年亡くなった方が家族にいたら、その方が好きだったものを準備して、お祈りに来て下さる方々とそれらを分かち合う日となっています。

わたしも、知り合いの家にお祈りに行き、パンとワインをいただいてきました。」

ボリビアのAkikoさんより。

日本のお盆のような感じですね。

 

午後3時から、久留米教会の全ての死者の追悼のためのごミサが捧げられました。

 


聖アウグスティヌスは、母モニカが亡くなったとき、悲しみにくれていました。


「私は終日、心の奥底においては、重いかなしみに沈んでいました。

そして、精神をかきみだされ、このかなしみをいやしたまえと、あなたにむかってなしうるかぎり乞いもとめましたが、あなたはその願いを聞きとどけてくださらなかった。」


告白 第9巻 第13章


紛らわすため、入浴したり眠ってみたり、いろいろ試してみます。

そして、アンブロシウスの”夕の讃美歌”を想い出し、敬虔な母の想い出にひたるのです。

 

かみよ、すべてのつくりぬし

あまつそらを しろしめす

ひるは あかるきひかりもて

よるは めぐみのねむりもて

よそおいたまえば もろびとは

ゆるみしからだ よこたえて

あすのちからを やしなえり

つかれしこころ かろやかに

なやみはとけて あともなし

 

わたしも、母が亡くなったとき、神様にながいあいだ問い続けました。

なぜ、こんなに早く母を召されたのですか?と。

簡単には哀しみは癒えませんでした。

神様からお返事が聞こえたような気がしたのは 随分時間が経ってからでしたが、いまでも鮮明に覚えています。

 


「亡くなった人のことを祈るより、

残った家族や友人のために祈るのです。

亡くなった人は神様の元へ行ったのだから、

何も心配することはありませんよ。」


と神父様から言われ、とても心が軽くなりました。


死者の月に、周囲で大切な方が神様の元へ召された全ての方のために祈りましょう。

 

幼児洗礼式ー洗礼と信仰のことー

2人の赤ちゃんの洗礼式が執り行われました。幼児洗礼式は年に2回行われますが、ご復活祭の洗礼式と同様に、自分の信仰を改めて見つめ直すよい機会である、と宮﨑神父様が仰っていました。

クララ西坂香怜(かれん)ちゃん

マリア松尾柴織(しおり)ちゃんがわたしたちの共同体に迎え入れられました。

 

 

 

 

信仰とは何か。

人に聞かれたら、何と答えるでしょうか。わたしの場合、教会に行って静かに座っていると、スラスラっと感謝の気持ちが湧き上がり、事前に考えていた以外の想いまで自然と祈りとなることがよくあります。

わたしの場合の『信仰の現象』です。

 

 

信仰とは、望んでいることを確信し、見えない事実を確証することです。

ヘブライ人への手紙11.1

 

 

信仰は、いつ洗礼を受けたか(長さ)や、どのくらい熱心か(深さ)ではかれるものではないと思うのです。

 

このご家族は、今年のご復活祭に親子3人同時に受洗されました。信仰とは、を考えた時に真っ先に彼らのことが浮かびました。

 

 

彼女はわたしの入院中のゴーストライター(笑)でもある、大切な友人です。

家族で色々な教会の行事に参加し、聖歌隊にも入り、娘さんも日曜学校の活動を楽しんでいるようです。神様からのお恵みをものすごい勢いで吸収しているように見えて、わたしまで幸せな気持ちにしてくれるファミリーです。

 

あなたはわたしの子、わたしは今日、あなたを産んだ

詩編2.7

 

 

 

やすらぎの集いin聖マリア病院ルルド

爽やかな秋晴れの19日土曜日に、聖マリア病院のルルドの広場でやすらぎの集いがありました。

 

 

 

「やすらぎの集い」とは、ご病気で療養中の方々とご家族、ご友人の皆さんのこころとからだの安らぎを願って一緒に祈る集いで、今年で18年目になるそうです。

 

久留米教会の子ども聖歌隊『チェチリア聖歌隊』が聖歌を歌ってくれ、青空に可愛らしく透き通る様な声が響きわたりました。みなさん、天使の歌声だったねと喜んでおられました。

 

 

 

 

患者さんだけでなく、病院関係者、学生、久留米教会の参列者が、こころとからだの安らぎを頂きました。

 

  

8週間程の入院生活を終え、自宅療養しています。

この間、こうして教会のホームページの記事を更新できているのも、教会の友人たちの協力があってのことです。

彼女たちから、こんなことがあったよ、と写真と文章が送られてきたり、気にかけてくださる方々が優しい励ましのメッセージを下さったり、どれだけ心のやすらぎを得られたことか。

 
入院生活というのは、本当に心細く、時に滅入ることもあります。

携帯のメールでもいいのです。

身近にご病気やケガで入院している方がいらっしゃる方は、その方に「想ってるよ、祈ってるよ」とメッセージを伝えてください。

 

 

まず、自分自身を平安に保ちなさい。そうすれば、他人にも平和を分け与えることができる。

平和を愛する人は、全てを善に変える。

心を平和に保つ人は誰をも疑わないが、しかし不平を言い激昂しやすい人は、いろいろな邪推に振り回され、自分も落ち着かないばかりか、他人をも苛立たせる。

あなたはまず、自分の霊魂について真剣でありなさい。そうすれば自然に、隣人のことについても正しく、熱心に注意できるだろう。


キリストを生きる 第二巻 第三章 1

トマス•ア•ケンピス

 

 

パパ様からのメッセージ

久留米教会の金木犀も美しく咲き、心地よい秋の香りを放つ季節となりました。

 

 

毎年10月になると、サンパウロの出張販売があり、皆さんも楽しみにしていらっしゃいます。

 

 

わたしも必ず買い求めるのが、この2つのカレンダーです。

 

 

アッシジの美しい風景と、(イケメンの)パパ様のカレンダーです。

ちなみに、こちらは今年の。

 

 

月初の楽しみは、このカレンダーをめくった時に読むパパ様からの今月のメッセージです。


「神にすべてを委ねるとき、困難に対して正しい態度で、勇敢に向かい合うことができるようになります。」

 

フランシスコ教皇様は、SNSも積極的に活用されますので、わたしたちは毎日のようにパパ様からのメッセージを見聞きすることができます。

例えば、ツイッター。

 

 

他にも、最近のツイートで心に刺さり、手帳にメモしているのは、


“生活の中における守護の天使の存在は、単にわたしたちの歩みを支えるためだけではなく、どこに向かうべきかを示すためでもあるのです。”


“毎日、少なくとも5分、福音書を読んでみてください。生活がどう変化するかが分かるでしょう。”


カトリック中央協議会が邦訳しているパパ様のツイートです。

https://mobile.twitter.com/chuokyo_pope

 

ごミサで神父様のお話にハッとしたこと、人との会話で心に残ったこと、パパ様のメッセージなど、大切に記憶したい言葉は手帳にメモするようにしています。

時に読み返して、心の糧にしています。 

 

島原教会への巡礼の旅

世界文化遺産に指定された原城跡と島原教会への巡礼旅行に行ってきました。

なんと、船旅です!

 

皆さん、秋の好天に恵まれたこともあり、とても楽しそうです。

 

 

とても印象的な聖堂です。

聖パウロ修道会のホームページに、詳細な説明があります。

https://www.pauline.or.jp/visitingchurches/200808_shimabara.php

島原市のホームページ

http://www.city.shimabara.lg.jp/page2911.html


この教会は、1612年~1658年の間に島原半島で殉教した数万人のキリシタンのために、日本26聖人殉教400周年と島原天草の乱から360年の節目にあたる1997年に献堂されました。

50名ほどの参加者があり、 豊かな祈りの旅となりました。

 

 

 

 

 

 

アバ•父への祈り

 私事ですが、骨折して入院しています。

とても時間があるのに、以前のように祈りが出来なくなっていることに気付きました。

その理由として、「ストレスのない穏やかな生活」だからではないかという、贅沢な結論に達しました。

 

 

子どもの頃から、空を見上げると神様がそこにいらっしゃるのを感じます。

台風の後の空がとても美しく、祈りを捧げなければという気持ちで目覚めた10月最初の朝です。

 

犬養道子さんが、フランス語版共同訳の訳文を交えながら解きほぐされた『主の祈り』をご紹介します。

 

 

父よ。われらの父よ。天にいます。

あなたがどのような方であるかが、みなに知られますように。

みくにを来させてください。

あなたの御計画が全うされますように!

人の眼に見えない天のリアリティ(神の国)の中でもはやすでに全うされているあなたの御望み(計画)の似姿が、この地上にも実現されてゆきますように。

わたくしたちが必要とする糧をこんにち、お与えください。

あなたに対しわたくしたちがつくってしまった負債をおゆるしください。わたくしたちもまた、負債をわたくしたちに対してつくった人々をゆるしますから。

わたくしたちを誘惑にひきこまないでくださいませ。

わたくしたちを悪の力から解き放ってくださいませ。

わたくしたちもせいいっぱいつとめますから。

他人をゆるし、父であるあなたに信を置き、父よと呼びかけて、みくにの到来、成就を日々求めますから。

 

 

(このシリーズの本は既に廃盤となっており、Amazonなどで中古本をお探しになることになります。)

 

今週も皆様にとって素晴らしいお恵みの日々となりますように。

反対側から考える。

 

 

これは、わたしたちが普段見ている景色の反対側からの様子です。

日曜日の朝、教会に集まり、ミサ前に祈るわたしたち。

日々への感謝の祈り、病床の家族への祈り、死者の安息のための祈り、様々な気持ちで目を閉じ、手を合わせて祈る信徒の姿。

 

普段この様子を祭壇側から見ている司祭は、どう感じていらっしゃるのでしょうか。

侍者の子どもたちは何かを感じているでしょうか。

 

今日は、一枚の絵をご紹介します。

『十字架上のキリストが見たもの』

と題された、19世紀後半の画家、ジェイムズ•ティソの作品です。

 

 

この絵は、ニューヨークのブルックリン美術館にあります。

初めて見たときの衝撃は忘れられません。

 

十字架上のイエス様の絵は多く描かれていますし、磔刑のご像はよく目にしているわたしたちですが、イエス様が十字架上から見た景色を想像したことはあるでしょうか。

イエス様の足元にすがりつくマグダラのマリア、後ろに聖母マリア、若い使徒ヨハネ、馬に乗った祭司長たち、鎧姿のローマ兵

「絶望する者、嘆く者、見物しにきた者、、、愚かで救いがたい哀れな人間たち。

だからこそ救わねばならぬ人間たち。

彼らをイエスは慈愛の眼差しで見下ろしていたのだろうか。」

 

中野京子 著

名画の謎  旧約新約聖書篇(文春文庫)より

 

 

普段の生活の中で、相手の立場に立って物事を考えたり、人の気持ちを推し量ったりすることはわたしたちにも出来ます。

誰かのために祈るだけではなく、実際に目の前の家族や友人の立場から見た景色を想像して、優しい気持ちで接することができますように。

 

筑後地区の信徒親睦

第3回筑後地区信徒親睦レクレーション大会が、太刀洗勤労者体育センターで開催されました。

 

 


小教区毎に分かれて並び、主の祈り、被災者のための祈りを唱え、開会しました。

ご覧の通り、シスターもスニーカーでやる気満々です。

  


総勢約180名の参加者が汗を流しました。

小郡、大牟田、二日市から各10~20名

久留米、本郷からは各30~40名

何と今村からは、場所が近いと言う事もありますが、90名近くの方が参加されていました。

 

 

 


各教区の方々がバラバラに4チームに分かれて競技が始まりました。

 


普段見ることのできない出で立ち、赤いキャップの宮崎神父様も健闘されました。

左の紫色のTシャツは二日市の竹内神父様です。

オレンジポロシャツが小郡の山元神父様。

水色シャツが本郷•今村の竹森神父様です。

残念ながら出張中の大牟田の神父様は欠席でした。

(説明がなければ、この写真に4人も司祭が写ってるとは気づかないでしょう!貴重な写真です!)

 

大牟田教区から来られたシスターと信徒の方々が生演奏で歌を披露してくださいました。

 

 


休憩中に、子供たちvs大牟田のシスター+二日市の神父様チームでバドミントン対決して遊んでいたりして、嬉しくなる親睦の一コマ。

 


最後は福引き大会があり、幸運の右手と言う事で、神父様方がくじを引いて下さいました。
1等は大牟田教区、特賞は久留米教区の信徒に引き当てられました!

敬老の皆様にもお祝いが配られ、最後まで楽しく交流することができました。 

 
今村、本郷、大牟田からは子どもの参加多かったのが印象的でした。

来年は、久留米教区からももっとたくさんの参加者で臨みたいと思います。

祝!:万寿会で先輩方とお祝い

9日のミサの後、75歳以上の信徒(先輩方)の健康を祝して、万寿会が開催されました。
先輩方はもちろん、参加させてもらうわたしたち全員が楽しいひと時を過ごすことができる、毎年恒例の行事のひとつです。

 

万寿会2018-1

 

万寿会2018-2

ジュゼッペ神父様ももちろん、対象者です!!

 

万寿会2018-6

 

 

万寿会2018-5


子どもたちからのお祝いの言葉とお菓子のレイをかけてもらい、
食事を楽しんでもらいながら、聖歌隊の歌やフィリピングループのバンブーダンスを鑑賞してもらいました。

 

万寿会2018-7


宮﨑神父様、ジュゼッペ神父様、出席者やスタッフもバンブーダンスに参加し、大変な盛り上がりとなりました。
ホールに集まった全員で、唱歌も楽しみました。

信徒全員でこの日を祝い、久留米教会がひとつになってお恵みをともに分かち合え、
心の底から楽しむことができた万寿会でした。

 

日曜学校始業式とカキ氷

子どもたちにとっては、あっという間の夏休みも終わり、日曜学校の始業式にも日焼けした笑顔が揃いました。

聖歌の練習とジュゼッペ神父さまからのお話の後には、ヨゼフ会の方々がカキ氷を振舞ってくれ、子どもたちは大喜び‼︎

 

 

涼しくなってきたとはいえ、まだまだ照りつける太陽から木陰へと移動し、2.3杯お代わりする子もいて大盛況でした。

 

 

業務用の本格的なカキ氷製造機です!

 

 

 


トルコには「ブドウはお互いを見ながら熟す」という諺があるそうです。今月からは新入生も加わり、益々子どもたちの成長が楽しみです。

子どもたちの笑い声が響く日曜の風景は、わたしたちに幸せを感じさせてくれます。神の恵みがみんなの上に豊かに注がれますように。

教会でのさまざまな役割

久留米市は、全国ニュースでもよく取り上げられるほどの猛暑が続いています。

教会の中は空調が効いていてとても過ごしやすいのですが、秋の訪れが待ち遠しいですね。

 

教会外観2018.8.26-1

 

教会外観2018.8.26-4

 

教会外観2018.8.26-2

 

昨日も、ギラギラとした日差しを浴びて、教会が美しい夏の姿をしていました。

毎月第4日曜日のごミサの後に、教会委員会が開催されています。
久留米教会も、他の組織、会社などと同様に、様々な役割を担ってくださっている信徒がいて、運営されています。

耳が不自由な方のために新しいイヤホンシステムを作って導入してくださった営繕委員会や、
納骨堂を管理してくださる委員会などがあります。

その中で、昨日議題として上がったのが、納骨堂の管理規約をタガログ語に翻訳したい、という件。
納骨堂の購入を検討しているフィリピン人信徒が多くなり、「ルールをきちんと理解できるようにわたしが翻訳したいのですが、いいですか」とフィリピン人のある女性から申し出があったと。

みなさんがそれぞれの役割を自覚し、対応されている姿に感動しました。

 

久留米は耳納連山と筑後川に囲まれた地形のために暑さが厳しいようですが、
その大自然の恵みに感謝したくなる風景です。

素敵なゲスト:山頭神父様

久しぶりに、日曜日のごミサに山頭 原太郎神父様がお越しくださいました。
いつも、大人気の神父様です。

大正13年9月20日生まれで、来月で94歳になられます!!!
若い頃、ローマに留学されていたので、イタリア語が堪能。

「ホームページに載せるから神父様の周りに集まって~!」

と声を掛けたら、あっという間にたくさんの子どもたちが集まってくれました。

 

山頭神父2018.8.20-1

 

山頭神父2018.8.20-2

 

山頭神父2018.8.20-3

 

普段は福岡市浄水通りの司祭の家にお住まいですが、
久留米教会には時々来てくださいます。

昨日も、家から最寄りのバス停まで歩き→バスで駅→電車で久留米駅→駅から教会まで歩き!という長旅をお一人で。

何度も書きますが、もうすぐ94歳です。杖もお使いになっていません。

「神父様は時々いろいろな教会へこうして行かれるのですか?」と伺ったら

「最近は人気がなくなってきて、どこにも呼んでもらえないんです。。。。」と。

「久留米教会はいつもお待ちしていますし、涼しくなってきましたからまたいらしてください!」とみんなでお伝えしました。

 昨日のごミサで歌った聖歌はまさに、神父様とその周りに集まった信者たちの様子を表しているような気がしました。

  『幸せな人
   神の恵みを受け
     その喜びに
         生きる人』

山頭神父2018.8.20-4

 

 

恒例:夏の大納涼祭!

毎年恒例の、皆さんが楽しみにしている日がやってきました。

この夏の大納涼祭には、神父様の思いも込められています。

「土曜の夜のミサ、日曜の早朝ミサ、9時のミサ、この3つの主日ミサに参加している信者同士の親睦の場になれば、と思っています。
横のつながり、わたしたち久留米教会共同体のコミュニケーションの場に。」

と宮﨑神父様がおっしゃっていました。

 

納涼祭2018-1

納涼祭2018-2

 

日本人、フィリピン人、インドネシア人、ベトナム人、そして我らがイタリアン・ジュゼッペ神父様。

グローバルな集いとなりました。

ベトナム出身のピーター神父様による歌とダンスもあり、

ジュゼッペ神父様は手品と歌、お得意のサンタルチーアとオーソレミーヨを熱唱してマイクを握り続け。(笑)

 

納涼祭2018-3

納涼祭2018-4

納涼祭2018-5

 

コレジオの学生と船津神学生も駆けつけてくださり、歌を披露してくれたり、子どもたちも大喜びでした。

ヨゼフ会と女性の会が企画から準備、買い出しと大活躍で、酷暑の中、いろいろな国と年齢の信者同士の素晴らしい親睦の場となりました。

久留米教会:海外通信~ボリビアより~

久留米教会の信徒には、海外でボランティア活動や仕事をしながら
布教活動の一端を担っている方が数名いらっしゃいます。
そのお一人である、ボリビア在住の女性からの海外通信をお届けします。

 

ボリビアマリア1

 

ボリビアは、信仰の自由を認めた上でカトリックを国教に制定し、
国民の9割がカトリックを信仰していると言われています。

コチャバンバという町で、ボリビアで最も重要な宗教的な祭典、
ウルクピーニャが8/14~16まで開催されます。
聖母マリアを讃えるお祭りで、もともとは土地の肥沃さを象徴する
聖母カウィリャカというアンデスの女神を祝うもので、
この地に入ったカトリック、聖母マリアへの信仰と結びついたのが、
現在のウルクピーニャなのだそうです。

 

ボリビアマリア2

 

まだ本番まで日があるのですが、7月末からすでにマリア行列などが始まり、
町はお祭りムードに包まれているそうです。

 

ボリビアマリア3

 

ボリビアマリア4

8/15本番の際には、前の日から町が歩行者天国になり、
歌に踊りに、と夜通しパレードが盛大に行われるようです。

 

日本カトリック平和旬間と子どもたち

平和を守るために、願望としてだけでなく行動することを勧めるため、もっとも身近で忘れることのできない、広島や長崎の事実を思い起こすのに適した8月6日から15日までの10日間は「日本カトリック平和旬間」と定められています。

日本カトリック平和旬間とは?
https://www.cbcj.catholic.jp/faq/heiwajunkan/

久留米教会では、ミサの聖体拝領の時、子どもたちが聖歌を歌ってくれます。

 

子ども聖歌隊2018.7.29-1

子どものための聖歌集もあり、子どもたちは、歌い終わってからご聖体をいただきます。

子ども聖歌隊2018.7.29-2

子ども聖歌隊2018.7.29-3

 

平和を子どもたちに残したい、そう強く思います。

平和旬間の期間に久留米教会では、広島の原爆で被爆し、12歳で亡くなった佐々木禎子さんにちなんで、千羽鶴を折ることにしました。

佐々木禎子さんについて
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/exhibit/exh0107/exh01071.html

女性の会が折り紙を準備します。
みなさん、心を込めて祈りを込めて、千羽鶴に平和を託しましょう。

 

久留米教会における召命

久留米教会から、2人の神学生が召しだされています。

神学生2名2018.7.22

 

☆船津 亮太さん(35) 久留米市長門石出身
日本カトリック神学院 福岡キャンパス 神学科3年
「2年の哲学科を終え、神学科に進んで3年になりました。
このままうまくいけば、あと半年で助祭に叙階されることになります。
いつもお祈りいただき、ありがとうございます。」

☆横山 智さん(17) 久留米市善導寺町出身
長崎カトリック神学院在籍(高校3年生)
「まだまだ道のりは長いですが、
これからもよろしくお願いします。」

召命は、わたしたち久留米教会のみならず、日本のカトリック信徒にとって

素晴らしい、大きなお恵みです。

これからも、一人でも多くの志願者が神の招きに応えることができるよう、

祈りを捧げましょう。

神学生2人2018.7.22-2

(どうしても一緒に写りたかったジュゼッペ神父様)

 

『召命を求める祈り』
主イエス・キリスト、魂の牧者よ
この困難の多い現代社会の中に生きる若者が
内と外のさまざまな声の中から、
「わたしに従いなさい」という優しく力強いあなたの呼び声を
聞き分けることができるよう彼らの心を開いてください
一人ひとりの心をあなたで満たしてください
人生における真に善いこと、美しいことへのあこがれ、
福音を完全に生きたいとの望み、人々の救いを求める情熱を、
多くの若者の中に燃え立たせてください
おとめマリア、特にあなたの御子により近くから従うようにと
招かれている若者を委ねます
あなたが天使のお告げを受けた時になさったように、
彼らが神の招きに「はい」と言えるよう助けてください

(ヨハネ・パウロ2世教皇様の祈りより、福岡司教認可)

 

西日本豪雨 被災者のための祈り

いつくしみ深い神よ、

平成30年7月に起こった豪雨とその二次災害によって、

いのちを奪われた方々を、あなたの家に迎え、永遠の安息を与えてください。

あなたは、また、苦しみの中にある人々とともにいて、慰めてくださいます。

すべての被災者を顧み、必要な助けの手を差し伸べ、

遭遇している困難を乗り越える勇気と力で強めてください。

そして、周りの善意の人々が互いに協力して、

支援の輪を広げていくことができるよう、助け導いてください。

すべての被災者が一日も早く平穏な生活に戻ることができますように。

わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

 

(広島教区 白浜司教 認可)

神と自然の営み~災害時に思う~

この度の西日本豪雨で被害にあわれた方々のために祈ります。

(わたしたちの多くがこうした災害時に感じることについて、宮﨑神父様にお話を伺いました。)

 

このような自然災害に襲われた時、「神はなぜ人々にこのような苦難を」という気持ちを抱いてしまいます。

自然は神が造られました。自然の営みは神の計らいのうちにあります。

ですが、神はご自分が介入されるのではなく、自然に任せておられるのです。

わたしたち人間は、人工的快適さを過度に求める生活を見直し、

これまでの多くの災害から学び、被害を最小限にとどめる知恵を得る努力を重ねていく以外ないのです。

 

『シオンは言った、「主はわたしを見捨てられた。主はわたしを忘れてしまわれた」と。

女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。自分の腹にいた子を憐れまないだろうか。

たとえこの女たちが忘れても、このわたしはお前を忘れない。』

イザヤ書 49・14~15

 

女性の会の有志によって手入れが行き届いた久留米教会の花壇。

わたしたちの心を癒してくれます。

自然の営みと人間の共存を思い起こさせる風景でもあります。

久留米教会の花壇1

久留米教会の花壇2

女性の会巡礼の旅『福者ペトロ・カスイ岐部』

年に2回、女性の会で巡礼の旅に出かけます。今年1回目の巡礼は、日本人で初めて聖地・エルサレムに行き、ローマで司祭となった福者ペトロ・カスイ岐部の出身地である国東市。
その後、城下町・杵築に佇む杵築カトリック教会を訪れ、ごミサを捧げました。ここには、世界に5体しかないと言われている、聖ピオ神父様が聖別したマリア像の1体があります。
日常の喧騒から離れ、こうして他の教会で祈りを捧げる機会は豊かな信仰の糧となります。
苦難の時代に信仰を深めて殉教した、多くの先人たちのためにも祈りました。

 

 

ペトロ岐部と187殉教者(カトリック中央協議会HP)
https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/saintbeato/kibe187/

熊本地震の復興支援・田植え

熊本地震から2年が経ちました。それ以来、福岡教区でも、当時の久留米教会主任司祭であった森山信三神父様を筆頭に復興支援ボランティアが続けられてきました。

昨年に引き続き西原村にて、久留米教会の信徒も参加して70名ほどで田植えのお手伝いをしてきました。

地元の方がいろいろと準備をしてくださり、心温まるおもてなしまで受け、子どもたちとともに賑やかに楽しい一日でした。

 

田植え20180610-1

田植え20180610-2

 

田植え20180610-3

父の日とヨゼフ会

「ヨゼフ会」という、40歳以上の壮年男性のグループがあります。

ヨゼフ様の生き方に学び、奉仕と会員同士の親睦を深めることが目的です。

昨日は父の日でした。わたしたちはいつも「父である神を信じます」と唱えています。

わたしたちにとっては父とは神様です。そして、神父様方もまた、お父さんです。

日頃、感謝を上手に表せないことを反省し、父である神、家族であるお父さんのために祈りました。

 

ヨゼフ会のお父さんたちが、お茶やお菓子をふるまってくれることもあります。

ヨゼフ会のお茶

 

ヨゼフ会のお茶2

 

さまざまなミサのかたち。

毎月第2日曜日の9時のミサでは、手話通訳が行われています。

現在、「主和の会」として5名の方が従事してくださっています。

また、毎月第2日曜日の15時からはベトナム語で、

毎月第3日曜日の15時からは英語で、ミサが捧げられています。

久留米教会には、さまざまなかたちで、そして多くの方々に参列していただけるミサがあります。

 

手話によるミサ

 

手話によるミサ2

『キリストの聖体』主日ミサ・聖体拝領の様子

カトリック信者は、ミサでご聖体をいただきます。

日曜日ごとに心を一つにしてご聖体をいただくことは、キリストの愛をいただくことです。

久留米教会は900名を超える信徒数の教会で、主日のミサは毎週400名ほどが参列します。

 

6/3/2018聖体拝領に並ぶ信徒

 

 

6/3/2018聖体拝領の様子

三位一体の主日の聖母祭

5/27(日)のミサの後、幼稚園の園庭にあるマリア像を囲んで、

大勢の信徒が共にロザリオを唱えて祈りを捧げました。

ミサの中で宮﨑神父様から、三位一体の神との一致の大切さについてお話がありました。

「信仰は一人ではぐくみ生かすものではなく、教会共同体の繋がりの中で深まるものです。」

共同体の多くの信徒とともにロザリオを唱えながら、このことを深く考えることが出来ました。

 

いつくしみの聖母像

 

祭壇奉仕者選任式

祭壇奉仕者の選任にあたって

ペトロ 船津 亮太

  

 「自分をささげる」神学院の授業で耳にしてメモしていた言葉である。これを黙想し、その意味を深められたなら、わたしは祭壇奉仕者選任を前にして準備万端、安心だろうと思っていた言葉である。
 考えてみたら、信徒の皆さんはすでに教会に自分をささげておられ、先輩信者としてキリスト者の道を歩んでおられることに、すぐに気づかされた。わたしたちは皆、飼い主であるイエス・キリストに従って歩むのだ。そうであるなら、イエス様がわたしのことも導いてくれるから、わたしは行く。飼い主イエス様が自分をささげたように、わたしも自分をささげてみたい。この一生を賭けてみたい。わたしはご聖体をあずかることの尊さ、その重みをひしひしと感じつつ、選任にあたってこのように決意を固めた。
 祭壇奉仕者の選任まで来られたのは、自分の力ではなく、常日頃、祈り、ささえてくださった方々のお陰だとあらためて感じる。その祈りに応えたいと思い、わたしはまた一歩、歩みを進める。選任式で「奉仕にふさわしい人になってください」とお願いされ、わたしは「アーメン」、つまり「そうなりますように」と答える。これからもふさわしい者となれるよう、努力していきたい。しかしイエス様のように「自分をささげる」ためには自分の力だけでは限界があり、充分ではないとも感じている。そんなわたしのために、これからもお祈りいただければ幸いです。

 

ヨゼフ会の発足式

 久留米教会の壮年男性(40歳以上)で構成される「ヨゼフ会」は、ヨゼフ様の生き方に学び、教会共同体の中で積極的に奉仕し、祈りと会員同士の親睦を深めることを目的に発足しました。これら使命と役割を遂行していくために『ヨゼフ会会則』も作りました。たくさんの壮年男性の方々が参加し、久留米教会の発展のために尽力してくださることを心より期待しています。

神学院祭

 マイクロバス2台で毎年恒例の神学院祭(旧「召命の集い」)に参加しました。

今年の野外ミサは京都教区の大塚司教様が司式されました。

司教様は講演会され、神学生の劇まで御覧になっていました。

九州だけの集いから全国規模にまで拡大されたようで歴史を感じます。

懐かしい神父様たちに逢える楽しみが、また来年も!・・・という気持ちにさせてくれました。

大分トラピスト修道院巡礼

 月曜日の秋晴れの朝、湯布院ICを降りて由布岳の裏手にある大分トラピスト修道院を訪ねました。

山奥の静けさの中でミサに与り癒されました。

売店では、ここでしか買えない「超レアなお土産」をたくさん購入しました。

「お告げの祈り」の時間になり、院長様のご厚意で聖堂へ移動し、修道士たちが座られる席で祈ることが出来ました。

たくさんのお恵みを頂いた小巡礼でした。

ポルチウンクラ全免償ミサ

 夕刻、ミサの前に告解をする人の列が見られ、告解の時間が足りずに、ミサ後に告解する人もいた程みな熱心でした。

全免償が得られる貴重なこの日は、75名程が7時からミサに与りました。


2ツ星免償について2ツ星

主任司祭 宮崎 保司

 教会は伝統的に赦しの秘跡を受ける信者に対して罪を許す代償として、償いの祈りを課しています。そして、それらの償いを定められた善行や祈りに変えてもらうこともできます。一部とか全部を免除されることを免償と呼びます。通称、部分免償と全免償と呼びます。全免償は果たすべき償いを全部ゆるされ、部分免償は一部ゆるされます。但し、免償を受けるには3つの条件が必要です。

 

 第一には大罪を犯していないこと。犯していれば赦しの秘跡が必要です。

 第二には免償を受けたいという強い意志が必要です。

 第三には教会が定めた事柄を果たすことが必要です。

 

 以上の三つの条件を踏まえた上で、例えば叙階された新司祭の初ミサに与ったり、銀祝、金祝、60周年ミサに与るなどすれば、全免償がいただけます。また、小教区の保護の聖人祝日ミサや8月2日のポルチウンクラの祝日にミサに与るなどがそうです。部分免償は、聖体訪問や司祭からの祝別されたロザリオやスカプラリオの信心用具を使って祈ったり、十字架の道行の祈りを唱えることがそうです。罪が許されるのではなく、償いの一部や全部が免除されることを意味しますので、間違いのないようにご注意ください。


 ※久留米教会で受けられる全免償は、ポルチウンクラ全免償ミサと6月30日の至聖なるイエズスの聖心の祝日です。

信徒総会

 宮崎保司神父の祈りと挨拶があり、議長、書記が選出され議事が進行しました。

教会委員長が挨拶され、新役員、監査役が紹介され宮崎保司神父により承認と認証がなされました。

 審議事項として2016年度の教会行事活動報告と決算報告及び監査報告がなされ、2017年度の教会行事活動予定と会計予算案が提出され、承認。ほか、新納骨堂の案内と納骨堂管理規則の一部改定が説明されました。

 信徒より、若者の悩みに対応することが教会としてできないだろうかという旨の発言がありました。

「より活発な教会を目指して」と題した文章を配布され、日本の信者数が伸びていない現状を鑑み、教会を活性化する様々な提案をされた。この中で、初めて教会を訪れる人に対応できるように受付を置いていただきたいと提言があった。

宮崎師の霊名ペトロ記念日

祝辞 信徒会長

 宮崎神父様、6 月29 日(木)は聖ペトロ聖パウロ使徒の記念日でした。遅ればせながら、御祝い申し上げます。この聖人の霊名を頂いている人は、久留米教会内にもたくさんおられると思いますが今日は、宮崎神父様が代表されてお受け下さい。

 久留米教会に赴任されて2ヶ月ほど過ぎましたが、印象は如何でしょうか?都会の組織的な教会運営から見れば、久留米教会はまだまだの状況でしょう。私たち久留米教会の信徒は、急激な変化に付いて行けないところがあり、少しもどかしいかもしれませんが、ゆっくりでも御指導に従って付いて行きます。

 毎日、久留米教会信徒のためにお祈りを捧げて下さっている宮崎神父様、本当にありがとうございます。私たち久留米教会は「祈る共同体を目指す」というコンセプトを持っています。宮崎神父様と共に祈って行けば、これからドンドン良くなって行く事でしょう。

 蛇足ではございますが、神父様が赴任されると知った人たちの中に、ネットで検索して「私に良く似ている」と言って話題になりました。メガネを外してミサをしていても解らないんじゃないか?・・・等と冗談を言っていました。来られる前から神父様に親近感を持っていた事は確かです。宮崎神父様、どうぞ信徒の中にどんどん入って来て下さい。

 後は、神父様の健康が心配です。独自の健康管理術をお持ちのようですが、早めの受診または、信者さんの中におられる医療関係の方々に御相談下さい。

宮崎神父様、これからもどうぞ宜しくお願いします。

 

至聖なるイエズスの聖心の祝日

 夜7時より至聖なるイエズスの聖心に奉献された久留米教会の献堂62周年を記念しミサがささげられました。

 

80名程の信徒が参加されましたが、久留米教会の特別な記念日ですので来年度は多くの信徒の方の参加をお待ちしています。

天草へ日帰り巡礼

 快晴に恵まれたこの日(月曜日)、女性の会では恒例の日帰り巡礼へ行ってきました。

今年は、熊本県天草の教会を巡ってきました。

崎津教会でミサをささげ、大江教会を訪ねて、渡辺神父様から教会について迫害時代の信仰の歴史などについてお話を伺いました。

 明治時代から大正時代にかけて、九州の教会建築史にその名を馳せた鉄川与助氏作の両教会は、ゴシック建築様式の崎津教会とロマネスク様式の大江教会と、違った建築法であることを学びました。また、教会堂の支柱が地上と天国を結ぶ重要な意味を持っていることの説明に一同感動を覚えました。

 当日は宮崎神父様と森山神父様も参加され、総勢35名の巡礼団となりました。予定通り無事に楽しく巡礼ができたことを、神に感謝しました。

女性の会会長

教会学校の黙想会

 3月26〜27日に「かみさまの愛」というテーマで教会学校の黙想会が行われた。森山神父様により、神の愛を証したコルベ神父様やダミアン神父様、オスカー・ロメロ司教様の話がなされた。子ども達は「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない(ヨハネ15:13)」や「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことである(マタイ25:40)」などの聖書の言葉を覚え、神様の愛について黙想し、学びを深める良い機会となった。

四旬節黙想会(3月22日~24日)

指導:十時伸治神父(武雄、多久教会)

 

 今年の黙想会のテーマは【教会は神様の家族】でした。

やはり、お手本となるのは聖家族ですが聖書に詳細な記述はありません。そこで神父様は、聖書の文言から書かれていない部分を思いめぐらし、イエス様の御言葉に耳を傾け、「祈り」という共に対話する時間を黙想するよう勧めておられます。家族には父親的、また母親的な役割に加えて、祖父母といった熟練者の知恵も必要であると聖書から引用されました。

 核家族が増え、仕事に追われる現代の家族が病んでいる要因の一つに家庭の崩壊があります。母親が子供に教える最初の言葉が「祈り」であったらどんなに良いことでしょう。しかし、様々な問題が山積する現代の家庭は複雑で、混沌としています。

 教会は信仰を共にするものが集い、共に祈り、分かち合い、御聖体を頂いて光を受け、そして主に派遣されていく処・・・すなわち【教会は神様の家族】だったのですネ。

 ニューヨークという人種の坩堝・・・現代は人種のサラダボールという表現を使うそうですが・・・その傷ついた街、傷ついた人々、国家や宗教そしてマスコミなどのフィルターを通して見ることよりも、人として、同じ人間として心から触れ合う大切さを、聖書を通してお話くださいました。

 そして3日目の夜の今夜・・・「ありがとう」、「ごめんなさい」・・・このシンプルな言葉を心から素直に言えているだろうか? 特に神様に対して・・・この気持ちを持ってミサに与ります。そして力を頂き、また明日から頑張りたいと思います。十時神父様、お疲れ様でした。(謝辞より)

日本の信徒発見の聖母ミサ

 夜7時から荘厳なラテン語聖歌とともにミサが捧げられた。

森山神父様の説教の中に殉教も厭わなかった禁制時代のキリシタンに思いが込められていた。

船津亮太神学生朗読奉仕者選任式

 四旬節に入った3月5日、宮原司教の司式のもと、二人の助祭、神学生も奉仕者として駆けつけ、ペトロ船津亮太神学生の朗読奉仕者選任式が行われました。

  

 式の中で名前を呼ばれた船津神学生は、前に進み出て、司教の訓話を受け、さらに聖書を手渡され、正式に朗読奉仕者として選任されました。司教は説教の中で、「神さまは、その民の中から、民のためによろこんで奉仕する人を求めておられる。日々聖書を読み、よきみ言葉の奉仕者となってください」と励まされました。また、船津神学生は、式後の挨拶の中で、「久留米に帰ってくる度に、この教会に守られていると感じる。3年間ここまでやってこられたのは、皆さんのお祈りに尽きる」と述べました。さらに選任にあたり以下ようにその思いが寄せられました。「朗読奉仕者として新たな一歩を始めるにあたり、これまでわたしとともに歩んできた一人ひとりのお顔が思い浮かんでいる。頼るべき親や家族と別れ、ひとり孤独の悲しみにうちひしがれる方。自分にはどうしようもない現実を前にただ泣き叫ぶしかない子。病の苦しみの中にあって生きる希望が見出せない人。子の命の危機にあってただ一心に祈りをささげる親。選任式でわたしは名前を呼ばれ『はい』と返事する。それはラテン語で“adsum”。『わたしはここにいます』。そのとき神はわたしを民の中から呼ばれ、みことばをゆだねられる。ここにいるわたしたちが神のことばによって生きる力を得るために、わたしはみことばを黙想し、それを生きる朗読奉仕者として一歩を踏み出す」と。式後は、信徒会館に場所を移して、なごやかに茶話会が催されました。

 

 

今村信徒発見150周年ミサ

 この日に今村でカトリック信徒が発見されて150 年を迎える。記念ミサ(祝賀行事)に参列することが出来、感謝の気持ちで心高ぶるものがありました。記念ミサ司式は駐日教皇大使チェノットゥ大司教、宮原司教様、竹森主任司祭ら6名ほどの共同ミサで盛大に催されました。ミサ前に地元の大刀洗混声合唱団による宗教音楽で花を添えて下さいました。

 長崎の大浦天主堂の信徒発見から2年後に、4名の浦上地区の信徒が商売人になりすまして会話する中で、宗教の話題に触れた時に同じ信仰に通じる点を発見されるお恵みをお互いに見出しました。

 今村カトリック教会は長崎県内の国指定の教会群の設計者である鉄川与助氏の設計で最大級の建立物であります。私達も近郊の久留米市に在住していますが今村カトリック教会を全国に誇れる教会と自負しています。

ペトロ 浦

命の尊厳についての講演会

 9時の主日ミサ後に生命山シュバイツアー寺(玉名市)の僧侶、古川龍樹氏による講演が行われた。古川龍樹氏は1947 年の福岡事件のような冤罪を訴える死刑囚の再審請求運動を、父であり僧侶である古川泰龍氏から引き継いで活動しておられる。講演では半世紀の歴史を熱情込めて話されていた。死刑となった人の名誉を回復するために粘り強く行動されている。寺の名は感銘を受けた方よりシュバイツアーの遺髪を贈られたことによる。

ベトナム語によるミサ

 12時よりベトナム語によるミサが捧げられ、久留米地区及び福岡県内から約100名の青年が参加して交流を深めた。

 司式は、茶山教会主任のドミニコ会司祭のピーター師によるものであった。福岡地区は浄水通教会にて月一回ベトナム語ミサがあげられており、今回はそのコミュニティが久留米地区のベトナム人にインターネットのフェイスブックなどを通じて呼びかけ、実現したものである。

ベトナム人の青年は20代前半の若者ばかりであり、就労研修として来日している人や、日本の大学に留学するために日本語学校に通っている方などがいた。3~5年のビザ期間中に就学や就労で学び、帰国後のキャリアに生かすようだ。

縁あって来日中の彼らに何かできることはないだろうか?ととりあえず笑顔で挨拶しようと思う。

幼児洗礼式

 2月5日のミサの中で、2名の幼児洗礼式が行われました。

 

森山師の霊名のお祝い

 1月15 日(日)のミサにて森山師の霊名スルピスのお祝いが行われた。森山師は今年叙階29 周年を迎える。今後の師の健康と司祭職の完遂を願い、霊的花束が贈られた。森山師からは若い人達への「司祭職への呼びかけ」があり、終始和やかなセレモニーとなった。