行事風景

キリスト「教」

先週は、秋はそこまで来ているように感じたのに、猛暑再来!

この夏はあまり読書ができていなかったので、この秋はたくさん読もうと思っています。

今日は、春に買ったのに眠らせていて、ようやく読み進めている、この本をご紹介します。

坂口ふみさんは、1933年生まれ(現在90歳)の宗教・哲学研究者でいらっしゃいます。

この本は、1996年の著作ですが、今年になって岩波現代文庫から再出版されたものです。
彼女のことは存じ上げなかったのですが、タイトルと解説が山本芳久さんだということに惹かれて買ってみました。

とても面白いのです!

難しい内容でもありますが、彼女のエッセイのような始まりで、引き込まれていくうちに難解なテーマが分かり易く解きほぐされていく、という構成です。

山本さんの解説には、「キリスト教教理という特殊なテーマを取り扱った書物で、この書物ほど多くの読者の関心を呼び起こし、キリスト教の信仰の有無を超えて広く読み継がれてきた書物は他にないと言っても過言ではない」、「本書を類書のない名著としているのは、よい意味でのエッセイ的な筆致である」とありました。

以前、「なぜパウロはローマに宣教に行ったのか」と、聖書の師匠に質問した話を書いたことがあります。

この本には、「なぜローマでキリスト教が確立されていったのか」という、これまたわたしの疑問だったことが解き明かされています。

まず、イエス様は「隣人愛」について単純なことばで語ったということ、これが始まりであるということ。

「隣人」とは何だろう。
そこには何の条件もない。
あらゆる属性、地位、身分、能力、等の区別は捨象されている。
おそらく、目がみえること、耳が聞こえること、四肢が揃っていること、また、伝統的に人間の本質だとされている理性さえも、それがもし単なる論議や計測の能力ならば、条件とはされていない。
隣人の唯一の条件は、私に近いということ、私が関わるということである。
唯一そこで現実的で重要なのは、その関わり、愛と規定された関わりである。
(本文より抜粋)

イエス様は、隣人への愛を説き、あるがままの人間の愛について教えられました。
そしてそれが、キリストの教えとして、また、「仲介者キリスト」「贖罪者キリスト」「神人キリスト」というかたちで表現し、現代のものの考え方の基礎を作ったのは歴史の成せる業なのだ、と坂口さんは書いておられます。

イエス様には当然、こんな考え方はなかったのだ、と。

『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』
『隣人をあなた自身のように愛せよ』
この二つの掟よりも大切な掟はない。
(マルコ12・30〜31)

キリストの教えが、キリスト「教」として確立されたのには、歴史の必然がありました。

*何人かの天才的な人々が、決定的な方向づけを与えたこと。
*古代の理想に反旗をひるがえす、世界に対する新しい基本的態度を表したのがイエスの教えだったこと。
*ヨーロッパとアラブを併せた、文明世界全体の様相を呈した末期のローマ帝国にとって、帝国統一の組織造りためにキリスト教は利用価値があったこと。

この宗教はもともと自然宗教と違って、宣教によって伝播する宗教であったから、人的組織を頼りとするところが大きい。
この(ローマ帝国末期までの)300年の間に階層、行政、地域、税制などの秩序をある程度備えた、一つの共和制国家であった。
聖職者と俗人の区別と、聖職者による俗人の統制法、そして聖職者の職掌と階層は精密の度を増していた。
政治家コンスタンチヌスが、これに着目したとしても意外ではない。
しかし、皇帝がキリスト教に価値を認めたのに数倍して、教会の方が、コンスタンチヌスに利用価値を認めたことはいうに及ばないことである。

(本文より抜粋)

つまり、ウィンウィンの関係による、いわゆる「オトナの事情」があったというのです。

 

わたしたちが日常において信仰生活を送るにあたり、こうした事情は直接には関係のないことかもしれません。

ですが、日本の天皇制が脈々と紀元前660年の神武天皇即位から守り続けられているということを、日本人として誇らしく知っておく必要があるように、わたしたちキリスト者は、キリストの教えがキリスト「教」として2000年以上も続くことになった根っこの部分について、知っておいた方が良いのではないかと考えます。

この本からは、まだまだたくさんのことを学べると思いますので、追って皆様にそのアウトプットをお伝えしたいと思います。

来週には、また、秋の足音を感じることができますように。

 

 

 

考えるちから

日中は35℃を超える日もありますが、朝晩の風、空気が少しずつ変わってきているのを感じます。

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このお盆休みに、姪の大学選びについて一緒に考えていて、色々な驚きと発見がありました。

わたしが大学を選んだ時は、もちろん実際に見学にも行きましたが、「偏差値」と「就職に有利か」だけがポイントだった記憶があります。

歴史や考古学に興味があったわたしが史学科を選んで先生に相談したら、「史学科に行っても学校の先生にしかなれないよ」と言われ、無難な経済学科を選択したのです。

「リベラルアーツ」という学問をご存知でしょうか。

現代社会のさまざまな問題に立ち向かうための「総合力」を養う教育のことです。
単に知識を身につけるだけでなく、実践的な知性や創造力を養うための学問です。

リベラルアーツの起源は、古代ギリシャ・ローマ時代の「自由七科(じゆうしちか)」にあります。
自由七科とは、「文法」「弁証」「修辞」「算術」「幾何」「天文」「音楽」の7つを指します。
当時、リベラルアーツは、人間が自由に生きていくため、束縛から解放されるための素養とされていました。

時代の変化によって、近年日本でもリベラルアーツ教育が注目され、大学教育で取り入れられています。
学部・科目横断的に幅広い分野を学び、問題発見・課題解決型の実践的な学習スタイルが採用されているのが特徴です。
テクノロジーの発展やグローバル化によって複雑化する社会における「答えのない難問」を解決するには、幅広い知識を持ち、さまざまな角度から物事を考えられる柔軟な思考が必要とされています。

時々ご紹介する随筆家の若松英輔さんは、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授でもいらっしゃいました。

富が人生において望ましい宝であるなら、どんなことにも万能な知恵に勝る富があるだろうか。
賢慮がものを作り出すとすれば、万物の中で、知恵に勝る作り手がいるだろうか。
人がもし義を愛するなら、知恵の働きの実りこそ徳である。
知恵は節制と賢明、正義と剛毅を教える。
人生において、これらよりも人に益するものはない。
また、もし人が広い体験を得ようと望むなら、知恵こそが昔を知り、未来を推し量り、言葉のあやを悟り、謎を解き、徴と不思議、季節と時代の移り変わりを予見する。
(知恵の書8・5〜8)

知恵の書は、ユダヤ教、プロテスタントでは聖書と認められていません。
しかし、道徳生活においての考察がわかりやすく書かれたこの書物は、現代のわたしたちにも色褪せることなく、自ら考えるちからを「知恵」によって養う必要性を説いていると考えます。

「知恵」すなわち、わたしたちが神様から生まれながらに授けられた能力は、生かすも殺すもわたしたち次第です。

わたしのように勉強=暗記力が求められた時代の学び方では、リベラルアーツという実践的な知性や創造力を養うことはできません。

ハワイで起きた山火事では、住民に危険を知らせる警報サイレンを作動させなかったことが被害の拡大を招いた、と問題になっているようです。
サイレンが「津波用」だったから、という理由のようですが、「もしもサイレンが鳴っていたら」という議論には、双方の言い分に違和感を覚えました。

サイレンが鳴っていたら、火の手のある山の方に避難することになり、さらに被害者が増えていた。
サイレンが鳴っていたら、もっと早く危険を察知することができ、被害は抑えられたはず。

事後になって「もしも」と争うことは、本来神からわたしたちに与えられた考えるちからを養う妨げにしかならないように思うのです。

20日のミサの福音書朗読は、マタイ15章のカナンの女のエピソードでした。
わたしは、彼女が大好きです。
賢く、熱意を持った、立派な信仰の持ち主であり、パレスチナの先住民といういわゆる『異邦人』の彼女は、弟子たちだけでなくイエス様からも冷たくあしらわれます。

イスラエル民族の救いのために遣わされていると自負していたイエス様は、乞い願う彼女にこう言い放ちます。

わたしはイスラエルの家の失われた羊のためにしか遣わされていない。
(マタイ15・24)

まず子供たちに満腹するまで食べさせよう。
子供たちのパンを取って子犬に投げ与えるのはよくないことだ。
(マルコ7・27)

並行箇所であるマルコに書かれたこの言い方は、ちょっと冷たすぎると思いませんか?
子供たち=ユダヤ人、子犬=異邦人を指しています。

主よ、ごもっともです。
でも、食卓の下にいる子犬も、子供たちのパン屑を食べます。
(マルコ7・28)

あっぱれ!と言いたくなる彼女の名回答です。
彼女には、立派な信仰だけではなく、考えるちからが備わっていたのだと感じます。

宮﨑神父様は、この箇所についてお説教でおっしゃいました。

「苦しい時の神頼み、という人も多いが、この話では、彼女の日頃からの信仰の姿をイエス様が見抜かれたのだ。」

さまざまな角度から物事を考えられる柔軟な思考を磨き、自分がどうすべきかを考えるちからを養い、賢い信仰を生きたいものです。

 

誠実に向き合う

福岡教区で平和に関する作文が募集され、久留米教会の3人が筑後地区の代表に選出されました。
11日の平和の集いでの司教様の前での発表会に、3人が出席してくれました。

彼女たちの作文は、提出された時点で「キレイな字で丁寧に書いてある!」と、読む前から感激したものです。

日曜学校で課題として「平和への思い」というテーマで、たくさんの子どもたちに作文を書いてもらいました。
思い思いに感じていることを書いてくれたのですが、今回の代表に選ばれた中学3年の女の子の作文は、感動しただけではなく、とても考えさせられました。

彼女は、「平和な世界を造るためには、まずはわたしたちが日常のなかで意見の食い違いによるケンカをしないことが大切だと思います」と始まります。

「ふたつめに大切なのは、意見が違うと思っても、相手を責め立てず、穏やかにわかりやすく伝えること」
「さらに大切なのは、助け合うこと、当たり前のことにも感謝する、自分が悪いときは素直にすぐに謝ること」
「私もあまりできていないな、と書きながら思いました。
全部をすぐにできるようにならなくても、ひとつめをできるようになったら、ふたつめを、と心がけてみてください。
平和は案外すぐに訪れるかもしれませんよ。」と締めくくられています。

汚れのない、誠実な想いに触れ、忘れそうになることを思い起こさせてくれました。

 

教皇様は、ワールドユースデイのためポルトガルを訪問されていました。
帰りの飛行機のなかで、記者の質問に答えられた一部をご紹介します。

ポルトガル滞在中、フランシスコ教皇はファティマを訪問し、「出現の礼拝堂」において沈黙のうちに祈りを捧げた。
これについて、一人の記者から、かつて聖母が戦争の終結を祈るようにと願った場所で、今日の戦争を前に、教皇が平和の祈りを公の場で新たにすることを人々は期待していたが、なぜそれをしなかったのか、という問いがあった。

これに対して、教皇は、「わたしは聖母に祈り、平和を祈ったが、ひけらかすことはしなかった。
しかし、わたしは祈った。
われわれはこの平和のための祈りを続けなければならない。聖母は第一次世界大戦の中で平和を祈るよう願ったが、今回はわたしが聖母にそれをお願いした」と答えた。

 

「あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。」(マタイ6・6)、という聖句をこの記者は知らなかったのでしょうか。

 

教皇がリスボンで「教会にはすべての人に居場所がある」と強調したことに対し、教会はすべての人に開かれている一方で、すべての人が同じ権利を持っているわけではない、たとえば、同性愛者や女性はすべての秘跡を受けられない、という問いかけがなされた。

この問いに教皇は、教会はすべての人に開かれており、その教会の中には教会生活を秩序づける決まりがあると語り、「すべての秘跡を受けられないから(教会は皆に開かれていない)」という解釈は一種の単純化であり、それだからといって、教会が閉ざされていることにはならない、と指摘。
「教会は一人ひとりが自分の道を見出すために神に出会う場所であり、教会はそのための母であり導き手である。一人ひとりが祈りや、内的対話、あるいは司牧者との対話を通して、前へと進む方法を見出していく」と話し、そのためにも教会は、同性愛者はもとより、すべての人に開かれている、と説明した。

 

今年9月教皇がマルセイユを訪問することについて、フランスの記者から、なぜあなたはフランス(そのもの)を訪問しないのか、という質問があった。

「わたしは以前ストラスブールに行き、今度はマルセイユに行くが、フランス訪問はまだである」と述べた教皇は、地中海における問題、移民の搾取という犯罪が目下憂慮される事項であり、そのために地中海地域の司教たちが開く会議に出席するためにマルセイユに行く、と話された。
そして、教皇はフランスをまだ(公式に)訪問していないのは、これまでヨーロッパの小さな国々を訪問してきたためであり、スペイン、フランス、イギリスなどの大国は最後のために残してある、と語った。

 

教皇様はいつも、どのような問いかけに対しても誠実にお答えになっています。
これらの質問をした記者は、それぞれのお答えに対して、どのように受け止めたでしょうか。

足りないところを突き詰めたつもりの問いでも、教皇様の(想像するに)穏やかで丁寧な、誠実な態度と口調に心がほぐされたのではないか、と感じます。

わたしは、自分の考えや行動を少しでも否定されたような気がすると、ついついカッとしてしまい、顔に出てしまいます。
冒頭の女の子の作文を読んで、心から反省しています。。。

8月前半はテレビで連日、(日本の)終戦にまつわる番組が流れています。

1989年〜2022年の間に、世界では336万人以上が紛争や内戦などで亡くなっているそうです。
特に昨年1年間だけでも、23万人以上がロシアによるウクライナ侵攻とエチオピアの内戦などによって犠牲者が出ています。

殺戮を止める術はないかもしれませんが、作文に書かれていたように、わたしたち一人ひとりが他者に対して穏やかに思いやりを持って接することを心がけていけば、少なくとも身近なところには平和が保たれるのでしょう。

「司教様とのランチはどうだった!」と質問したら、「とっても楽しかったです!!」と答えてくれました。

大人になると、そういう場面では緊張してしまい、楽しむなんて畏れ多い、となってしまうものですよね。

やはり、素直に誠実に置かれた状況と向き合える、こどもたちにからも学ぶことが多くあります。

彼女たちの夏休みの、素敵な時間となっていたら嬉しいです。

https://www.vaticannews.va/ja/pope/news/2023-08/portogallo-conferenza-stampa-sul-volo-di-ritorno.html

 

積み重ねる経験

4年ぶりの納涼祭でした!

台風接近のため、そして参加した多くのみなさんの熱気のため、熱くて暑い、お恵みに満ちた時間でした。

ヨゼフ会の男性陣の頼もしさ、女性の会のおば様方のおもてなし、青年会のみんなの楽しそうな様子、フィリピンコミュニティのお姉様方の明るい笑顔、ベトナムコミュニティの若者たちのエネルギー!!!

久留米教会共同体の良さを改めて実感できた、楽しいひとときを過ごすことができました。

納涼祭のダイジェスト←こちら。 

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以前ご紹介したことのある月刊誌、『致知』の8月号に、古巣馨神父様の対談記事が掲載されました。

内容を少しかいつまんでご紹介したいと思います。

古巣神父様は、「生きていく上で大切なのは、一度きりの人生で誰かから受け取ったものを正しく伝えていくことだ」とおっしゃっています。

わたしもいつも感じながら生きています。
これまでの人生、今日があるのは、出会ってきた人々から受け取った素晴らしいもののおかげだ、と。

古巣神父様は、多くの人との出会いから3つの大切なことを受け取った、と言います。

①「にもかかわらず、まだ笑う」

ユーモアは持って生まれた性格ではなく、人生の中で何度も困難を乗り越え、それでも潰されずに歩む中で得るものだ、というのです。

確かに、わたしの周囲で「素敵なユーモアの持ち主だわ」と思う方は大抵、大きな試練に遭った経験をお持ちです。
順風満帆に生きてきた、と言える人は少ないと思います。
やはり乗り越えたものがある人は、人として魅力的だと思います。

②「非常識」

世間から見たら非常識かもしれないとしても、「わたしはそうするように親から教わりました。
それが 正しいと思うから、同じように生きています。」と言える自分の物差し、価値観を持って生きることは大切だ、と。

頑固に生きるということではなく、ある程度の年齢(=色々な経験を積んできた)であれば、ブレない自分の物差しを持っていなければ、真っ直ぐに生きることはできないと思います。

③「賜物になる」

ただでいただいた、なくてはならないお恵み。
賜物に出会うと、人生の意味がわかります。
そして、自分も誰かのためになろうとします。

わたし自身、大病と洗礼で生まれ変わった、と思って生きてきました。
病気もお恵み、洗礼もお恵み、賜物です。

「誰かの役に立つかもしれないから、受け取ったものを伝えていく」

これは、わたしも努めて心がけるようにしています。

ただで受け取った賜物は、学びに限らず、自分の存在そのもののことも指していると思います。

おこがましい言い方かもしれませんが、自分自身が「神様の子」のひとりとして周囲に良い香りを振りまきたい、そう思っています。

古巣神父様は、長崎刑務所の教誨師を務められています。
おそらく、受刑者からも大きな影響をお受けになっているのだと推察します。 

罪を犯した受刑者の心の中を受け取る、というお仕事については、想像することしかできません。
苦しみや反省、後悔の気持ちに寄り添う中で、神父様もまた、何かを受け取られているのでしょう。

日常において罪を重ねてしまうわたしたちもまた、神様、司祭、そして信徒仲間からの導きが必要です。

雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。
モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。
雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
雲が幕屋を離れて昇ると、イスラエルの人々は出発した。
旅路にあるときはいつもそうした。
雲が離れて昇らないときは、離れて昇る日まで、彼らは出発しなかった。
旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである。
(出エジプト40・34~38)

小学生のとき、いつも空を見上げながら家路に着くのが好きでした。
無意識でしたが、雲の流れを追いながら、神様の存在を想っていたような気がします。

その習慣は今も変わらず、毎日、ふとした時にいつも空を見上げます。

わたしをいつも導いてくださっている神様を思いながら。

 

ビバルディの四季より、『夏』の音色で涼んでください。

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 致知は書店では販売していませんので、興味がおありの方は、お貸しいたします。

 

納涼祭2023!!

宮﨑神父様のお祈りで始まった、4年ぶりの納涼祭でした。

裏では、朝から多くの皆さんのご準備があり、たくさんの皆さんのご協力があり、本当に楽しい有意義な交流の時間でした。

ダンディな神父様のショットから、ダイジェストでご覧ください。

 

 

本当に楽しい納涼祭でした!

皆さん、よく食べて、よく飲みました!!

また、来年も開催しましょう⭐︎

実行委員の皆様、お疲れ様でした。
ありがとうございました。

 

 

彼女の召命

カラッと晴れ渡る、真夏の久留米。
毎日40℃近い気温ですが、とても気持ちの良い空気と青空です。

8月からカンボジアに行く、中島愛ちゃんのために、アベイヤ司教様がミサを執り行ってくださいました。

愛ちゃん、と親しく呼ぶのには訳があり、わたしが20歳で洗礼を受けた時、隣で一緒に幼児洗礼を受けたのが彼女なのです。

そして、彼女は久留米教会のオルガニストの一人であり、わたしたちみんなにとっても「大切な愛ちゃん」です。

 

愛ちゃんのこの、弾ける笑顔がみんな大好きです!

 

皆さん、神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。
それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。
神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。
(ローマ8・28~30)

28節は、フランシスコ会訳聖書の注釈には、次のように訳することもできると書いてあります。

神(または霊)は、すべてにおいて益となるように、神を愛する人々ともに、神を愛する人々のために、すべてが益となるようにお働きになる。

彼女は、カンボジアのプノンペンで半年のクメール語の語学研修ののち、シェムリアップ(アンコールワットがある街)にある幼きイエズス会のプレスクールで仕事をすることになるそうです。

5年前に派遣が決まっていましたが、コロナ禍になり延期され、ようやく彼女の夢が実現したのです。

これは、彼女の召命です。 

 

あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。
思い上がってはなりません。
むしろ、恐れなさい。
神が自然のままに生えた枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。
ここに神の慈しみときびしさがあります。
倒れた者に対してはきびしさがあり、あなたがその慈しみに留まっているかぎり、あなたに対しては神の慈しみがあります。
(ローマ11・18〜22)

これは、根をユダヤ人、接木された野生のオリーブが異邦人に例えられた箇所ですが、現代のわたしたちにも通ずる喩えだと思います。

自然のままに生えた枝は、洗礼を受けてキリスト者となった私たちのことです。
支えがしっかりとしていれば、神様のお導きを見出すことができます。

アベイヤ司教様がこうおっしゃいました。

「愛さんを宣教者として派遣します。
久留米教会のため、そしてみんなで一緒に行ってらっしゃい、お祈りしていますよ、と言うためにわたしは今日ここに来ました。

皆さんも、久留米教会共同体において果たしていく役割を再認識する機会としてください。
わたしたちの日常には大事にしていることがいろいろとあります。
その中で、どのくらい神の国のことを想っていますか?
神のみこころを行うという真の宝物のことを、どれくらい大切に想っていますか?
これは、毎日の生活を支えてくれるしっかりとした土台です。」

根がわたしたちを支えている、という聖句はこのことなのだ、と強く実感できました。

愛ちゃんがそのお導きを見出したように、わたしたち一人ひとりも、自分に与えられている召命に気づくために司教様のおことばを胸に刻んでおかなければ、と思います。

奉納は、ご両親が行ってくださいました。

 

 

愛ちゃん、行ってらっしゃい!
これからの2年が、有意義でお恵みに満ち、実りある働きができる時間となりますよう、みんなでお祈りしています。

 

 

遠い国

傍島神父様の初ミサには、通常よりはるかに多い、300名ほどの参列がありました。

初ミサの様子は、こちらでご覧ください。

1994年、ルワンダで多数派のフツ族が、少数派で政権を担っていたツチ族を大量虐殺する、という事件が起こりました。
正確には、3か月間にわたって100万人とも言われる人々が虐殺されたのです。

『ハム仮設』という考え方について、初めて知りました。
現代では到底受け入れられないものですが、19世紀のヨーロッパで主流だった思想で、創世記のノアのエピソードを元に、ハム系の民族をカナン(ノアの息子)の末裔とみなして、全ての民族をセム系、ハム系、ヤフェト系などノアの息子たち因んだ名前で人種を分けていました。

中世の時代、ユダヤ人とキリスト教徒はハムをすべてのアフリカ人の祖先であると考えていました。
創世記にあるカナンに対するノアの呪いは、一部の神学者によって、ハムのすべての子孫に黒い肌という人種的特徴を引き起こしたと解釈されていました。
その後、西洋とイスラムの商人、奴隷所有者は、アフリカ人の奴隷化を正当化するために「ハムの呪い」の概念を使用しました。

もともと、フツ族とツチ族は宗教、言語、文化に差異がなく、婚姻も普通に行われていた民族でした。
ベルギーの植民地時代に、フツ族とツチ族が異なった民族として分け隔てられたことが起源と言われています。
また、カトリック教会の運営する学校ではツチ族が優遇され、行政管理技術やフランス語の教育もツチ族に対してのみ行われたこと、べルギー統治時代の初期にはハム仮説を最も強固に支持していたカトリック教会が、第二次世界大戦後には一転して公式にフツ族の支持を表明したこと、など、さまざまな要因があるようです。

こうした、ヨーロッパ(キリスト教)の大きな影響下にあったルワンダ(他のアフリカ諸国においても同じ)で起こった悲劇が、民族間の殺戮でした。

2017年3月、教皇フランシスコは、ルワンダ共和国のポ-ル・カガメ大統領をバチカン宮殿での個人謁見に招き、「近年の慈しみとあわれみの特別聖年と、ルワンダの司教たちにより結論として出された報告により、不幸にもカトリック教会の体面を損なった過ちを謙虚に認めることが、過去の記憶の浄化の助けとなり、人間の尊厳と、共通の利益をきっぱりと中心に据え、共に生き、ともに働いてゆくことを証言し、平和な未来、信頼の回復を願います」と述べられました。
「福音伝道の使命を裏切り、憎しみと暴力に屈した司祭や教会関係者を含むカトリック教会の罪と過ちの許し」を神に改めて嘆願した、ともおっしゃっています。

この、複雑で難しい、そして辛い問題を取り扱ったネットフリックスのドラマを観た直後に、傍島神父様のことを知りました。

43歳になられる傍島神父様は、社会人経験を経て司祭を志されました。
そして、最初の赴任地としてアフリカのザンビアを選ばれています。

神言会の機関紙のインタビューでは、神学校時代に出会った神父がザンビアで働いたことがあった方だったこと、一緒に英語の勉強をした宣教師がこれからザンビアに行くと言っていたこと、ザンビアでは神言会の宣教の歴史が新しいことや会員数が少ないこと、研修でガーナに行ったときにお世話になった方がザンビアで修練長をしていること、が選んだ理由だとおっしゃっています。

召命。

これがお導きなのだ、と強く思います。

アフリカは遠い国ですが、今週はずっとルワンダのことについて考えていた矢先に、傍島神父様に実際にお目にかかってお話しさせていただき、とても興味が湧いています。

ウクライナの穀物輸出がストップしそうな情勢がアフリカに及ぼす影響についても、これからも注視していきたいと思っています。

 

実際に起きた、当時のルワンダのカトリック教会に逃げ込んだ1万人ものツチ族の人々が司祭の手引きによってフツ族に虐殺されたことも、このドラマのなかで描かれています。
ご興味のある方は、是非ご覧になってみてください。
(なお、このドラマの中では残虐なシーンは一切描かれていません。)

 

 

傍島神父様による初ミサ

23日は、神言会の傍島神父様による初ミサでした。

宮﨑神父様が東京の吉祥寺教会に赴任されていた時に、「司祭になりたい」と相談を受け神言会を紹介したという経緯があり、今回の初ミサのお申し出となったそうです。

小神学校に行かれていたのですが、そこが閉鎖されることになり、そのまま一度神学校をお辞めになったそうです。
美大を卒業後、美術教師として働いておられましたが、やはり「司祭になりたい」との思いから、再度挑戦されたのだそうです。

「一度挫折したわたしのことを、神様は諦めてなかったんだと思います。」

少しはにかんだような笑顔で、そうおっしゃっていました。

 

全免償が与えられるとされている、新司祭の初ミサでの赦しをいただくことができました。

「ミサ後に、個別に免償を授けますので、ご希望の方はどうぞ」

そうおっしゃってくださり、ほぼ全員が並びました。(笑)

9月から、ザンビアに赴任されます。

日本ではなく外国を最初の赴任地に選ばれたのはなぜ?と質問しましたら、「日本での宣教はいつかできるでしょう。だから、最初から選択肢にはありませんでした。」とのお答え。

傍島神父様の実り豊かな宣教を、ご縁をいただいたわたしたちは心から祈りたいと思います。

美大ご出身の神父様の作品を、カードにされました。

 

心が折れそうなとき

日常の耳納連山の景色です。
美しい、地域に愛される風景です。

久留米市は、7/10の大雨で街の至る所が泥水に覆われ、大変な被害が出ました。

10日の未明から恐ろしい雷雨が続き、夜も眠れないほどでした。

幸い、教会の敷地に被害はありませんでしたが、老朽化した部分からの雨漏りがひどくなってきました。
信徒会館も同様です。

被災された方に、心からお見舞いの気持ちを表します。

わたしの住む地域では、ほぼ毎年この時期の大雨で浸水被害が出ます。
毎年床上浸水し、「もうここから引っ越すことを考えている」とおっしゃる方。
会社の機械類が全て水没し、「もう再建する気力も資金もない。」と肩を落としていた方。

何もできない無力感に苛まれますが、わたしに今できるのは、そうした心が折れそうになっている方々のことを気遣い、お声をかけることだと思っています。

新聞記者の友人と話していて、「山間部や川のすぐそばに住む人だけが会う被害ではないということ、心が折れそうになっている地域の零細企業の現状なども書いてほしい」と伝え、「自分にできるのは、記事にして多くの人に伝えることだ。お互い、できることをやって行こう!」と言ってくれました。

田主丸町の友人は、会社が浸水して大変な被害だったにも関わらず、「片付けが一段落したらすぐにボランティアに参加して他の人の手伝いをするつもり」と話していました。

 

まことに、天から雨や雪が降れば、地を潤し、これに生えさせ、芽を出させ、種蒔く者に種を、食べる者に糧を与えずに天に戻ることはないように、わたしの口から出る言葉は、わたしが望むことを行い、わたしが託した使命を成し遂げずにむなしくわたしに戻ることはない。
(イザヤ55・10〜11)

わたしの神、主よ、わたしを顧みて、わたしに答え、目に光を与えてください。
わたしは、あなたの慈しみに寄り頼み、わたしの心は、あなたの救いを喜びます。
(詩編13・4、6)

涙のうちに種蒔く者は、喜びのうちに刈り取る。
種を携え、泣きながら出ていく者は、
束を携え、喜びながら帰ってくる。
(詩編126・5〜6)

あなたは地を訪れて、潤わせ、それを大いに豊かにされました。
天の水路には水が満ちています。
あなたは彼らに麦を用意されました。
あなたはこのように大地を整えられました。
畝間を豊かに潤し、土塊をならし、芽生えたものを祝福されました。
あなたは年に実りの冠をかぶらせ、あなたの通った跡には豊かさが滴っています。
(詩編65・10〜12)

 

神様が天から降らせてくださる雨は、わたしたちを養うための恵みであることを忘れないようにしたいものです。
自分が実際に被害にあっていないから、そう言えるのだと分かっています。
このことを伝えるのは、わたしの使命だと感じています。

自分に出来ることをする。
気にかけている気持ちを素直に伝える。

実際に出来ることは少ないのですが、心が折れそうになっているときに、自分のことを心に思い浮かべてくれる人がいるということは本当に嬉しいことです。

人の心は自分の道を思い巡らす。
しかし、その歩みを導くのは主である。
(箴言16・9)

 

国際カリタスは「総合的エコロジー」に関するキャンペーン『TOGETHER WE』 (ともに私たちは の意)に取り組んでいます。

過去半世紀にわたり、世界は力強い経済成長を遂げてきました。
しかし、その代償として、気候変動、森林伐採、海洋酸性化、大気・水質汚染などの環境悪化が広がっています。
また、最近の新型コロナウイルス感染症の蔓延は、社会的疎外などの分断を生み、移動や自由の制限、雇用や自立の喪失など、多くの人々の尊厳を奪ってきました。
これらの環境の変化によって最も被害を受けるのは、弱い立場においやられた人々、最も貧しい人々です。
現に、極度の貧困、過疎化、移民など、弱い立場の人々のいのちを脅かし、尊厳を踏みにじる事態をも生み出してきました。

(カリタスジャパンホームページより)

ケアの文化をともにはぐくむ祈り 
-“Together We” キャンペーン推進のために-

わたしたちの父である神よ、
あなたはすべてを良いものとして造られました。
わたしたちはあなたの似姿とされ、
ともに創造のわざを大切にする使命を受けています。
神よ、ともに暮らす家である地球を
傷つけてしまったわたしたちをあわれんでください。
あなたとともにケアの文化をはぐくむことができますように
御子イエスの貧しさによって、
創造のたまものを分かち合い、豊かになることができますように。
あなたの愛によって隔たりを乗り越え、
人類が一つの家族になれますように。
神よ、聖霊を遣わしてください。
わたしたちが無関心にならないよう愛の火によって強めてください。
あなたの愛と正義によって
わたしたちを新たな連帯へと向かわせてください。
いのちが聖なるものであることをすべての人と理解し合い、
抑圧から平和に向かう、新しい生き方へと導かれますように。
あなたの愛といつくしみの道を歩むわたしたちが、
より良い明日のために、貧しい人々の叫びと地球の叫びを聞き、
ともに今日、行動することができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。

 

『TOGETHER WE』については↓

https://www.caritas.jp/2022/09/01/5902/

信仰の誇り

1998年公開の『プリンス・オブ・エジプト』(The Prince of Egypt)を久しぶりに観ました。

出エジプト記の、モーセ率いるイスラエル人のエジプト脱出を描いた、ミュージカルアニメーション映画です。
『十戒』『ベン・ハー』『パッション』などの作品と並んで、聖書の映画化としては史上最高の作品と評価されています。

25年前の作品ですが、その映像と音楽の素晴らしさは全く色褪せていません。
ひとつには、ストーリーが旧約聖書のとおりであり、余計な脚色がない、わたしたちがよく知っている、あのモーセの物語だからです。

わたしが一番好きな曲であると言っても過言ではない、テーマソング「When you beleive」は、ホイットニー・ヒューストンとマライア・キャリーによる美しいデュエットソングです。

イスラエル人の脱出、と先ほど書きましたが、映画の中のセリフでは「わたしはヘブライ人だ」とモーセが言っていました。

イスラエル人、ヘブライ人、そしてユダヤ人。

ヘブル(ヘブライ)人(Hebrew) 
➡︎他民族からの呼び名。
特にエジプトの奴隷時代にそう呼ばれた。
「国境を越えてきたもの」「川向こうから来た者」の意味。
イスラエル人が異民族に自分を紹介する際に用いた言葉。

ファラオは自分の民全体に命じて言った、「ヘブライ人に男の子が生まれたなら、みなナイル川へ投げ込め。しかし女の子はみな生かしておけ」。
(出エジプト1・22)

イスラエル人(Israeli)
➡︎神から与えられた自らの呼び名。
現在のイスラエル人国家の市民を指す。

「お前の名はもはやヤコブではなく、イスラエルと呼ばれる。
お前は神と闘い、人と闘って勝ったからである」。
(創世記32・29)

ユダヤ人(Jew)
➡︎“バビロン捕囚”以降の呼び名。

いずれの呼び方にしても、自らの民族性に誇りを持っていることが感じられます。

この映画を観て強く感じるのは、「このストーリーを4000年以上言い伝えられて来たユダヤ人が、自分たちのルーツや信仰に誇りを持つのは当然のことだ」ということです。

実際の出来事かどうかは問題ではなく、言い伝えが書き残され、『自分たちの先祖は選ばれた民として神から導かれたのだ』と聖書に記されているということは、疑いようのない事実です。

アメリカに住む友人は「わたしはユダヤ人」と言いますが、映画ワンダーウーマンの主演俳優であるガル・ガドットは「わたしはイスラエル人です」と言っていました。

わたしは、生後八日目に割礼を受けた者、イスラエルの民、しかも、ベニヤミン族の出身で、生粋のヘブライ人です。
(フィリピ3・5)

パウロも、自分を説明するときにこのように使い分けています。

 

しかし現実には、今の混沌とした、国家としてのイスラエルを見ると複雑な気持ちになります。
民族としての、国際的に認められた国としての誇りが、裏目に出ているのかもしれません。

西日本新聞7/6の朝刊の記事によると、1948年のイスラエル建国で故郷を追われたパレスチナ人が難民となって移り住んでいるジェニンという街がパレスチナ武装勢力の拠点となっており、イスラエルによる大規模な軍事作戦で多数の死傷者が出ました。
昨年末に誕生した、対パレスチナ強硬派のネタニヤフ政権の政策により、反発するパレスチナ人のユダヤ人襲撃も増えています。

エジプトから逃れて荒野を40年にわたってさまよったヘブライ人は、その経験から他国の寄留者や弱い立場の人を虐げてはならないと教えられてきた、と聖書で学んだわたしは、こうしたイスラエルのニュースをいつも注視しています。

 

イスラエルに巡礼した2019年は、エルサレムにいても危険が迫っているような状況ではありませんでしたが、最近は旧市街(神殿のあたり)でも砲撃が起きています。
巡礼の間、バスを運転してくださったのはイスラエルに住むアラブ人の男性でした。
アラブ人とはアラビア語を話す人のことで、そのうち、パレスチナ自治区に住む人をパレスチナ人と言います。

複雑です。
ユダヤ人vsパレスチナ人の問題は、とても複雑なのです。
おそらく、解決することはないのでしょう。
それぞれが、民族と信仰に誇りを持っているのです。

娘シオンよ、大いに喜べ。
娘エルサレムよ、歓呼せよ。
見よ、お前の王がお前の所に来られる。
またお前についても、お前と血で結んだ契約の故に、わたしは囚われ人となっているお前の民を、水のない穴から助け出そう。
囚われの身にあっても希望を持つ人々よ、砦に帰れ。
わたしはユダをわたしの弓として引き絞り、エフライムをその矢としてつがえる。
(ゼカリヤ9・9、11〜13)

出エジプト記24・6〜8にあるとおり、主はモーセを通してイスラエルと「契約の血」を結ばれたのです。

 

『プリンス・オブ・エジプト』はネットフリックス」でご覧いただけます。
テーマソングもyoutubeでぜひお聴きください。