カテゴリ:復活節

知的好奇心

以前書いた、聖書とキリスト教の教えについて学び始めた友人と、先日LINEでやりとりをしていました。

先週の記事を読んでもらい、意見交換をしていて、わたしが「この世はテンポラリーなもので、永遠の命のためにわたしたちはこの世を旅しているのよ」と伝えたところ、こう質問されました。

「永遠の命、とはどういうこと?」

皆さんは、そう尋ねられたらどうお答えになりますか?

昔、「マラナタ、ってどういう意味ですか?」と、年配の信者さんに質問したことがあります。
その時のお答えは、「心で理解していることなので、そういう風に聞かれたらうまく言葉にできない」と。

使徒信条は、このように締めくくられます。

聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、
聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、
永遠のいのちを信じます

二ケア・コンスタンチノープル信条では、

わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。
聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、また預言者をとおして語られました。
わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。
罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と来世のいのちを待ち望みます。

この文章を使って友人に説明してもおそらく理解してもらえないでしょうし、わたし自身もいまいちピンとこないというのが正直なところです。

聖霊、聖徒の交わり、こうしたことは「信じています」と簡単に言えますが、「永遠のいのちを信じます」とは何を信じているということなのでしょうか。

「わたしは復活であり、命である。
わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きる。
生きていて、わたしを信じる者はみな、永遠に死ぬことはない。
このことをあなたは信じるか」。
(ヨハネ11・25〜26)

愛していたラザロが墓に葬られ、嘆き悲しむ姉妹のマルタに対してイエス様はこうおっしゃいました。
フランシスコ会訳聖書の解説には、「イエスが死者を復活させる力をもち、永遠の命の源であることを意味する。イエスを信じるものは、この世の命に死んでも、永遠の命に生き続けることを意味する。」とあります。

うっすらと、疑問の霧が晴れてきたような気がします。

逮捕される直前、イエス様は数々の祈りをされます。
ヨハネ17章では、まずご自分のために祈りを捧げます。

あなたは、すべての人を治める権能を子にお与えになりました。
子が、あなたから与えられたすべての人に、永遠の命を与えるためです。
永遠の命とは、唯一のまことの神であるあなたを知り、また、あなたがお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。
(1〜3)

続けて、弟子たちのために祈りを捧げます。

あなたが世から選んでわたしにお与えになった人々に、わたしはあなたの名を現しました。
彼らはあなたの言葉を守りました。
あなたがわたしにお与えになったものはすべて、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。
なぜなら、あなたがわたしにお与えになった言葉を、わたしが彼らに与え、そして、彼らはそれを受け入れ、わたしがあなたの元から出てきたことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。
(6〜8)

だいぶん視界が開けてきました。

以前ご紹介した、わたしの愛読書を開いて、さらなる答えを探してみました。

第3巻第47章は、タイトルが「永遠の命を受けるために、すべての労苦を忍ぶべきこと」となっており、その2節にはこう書いてあります。

あなたの為すべきことを忠実に行いなさい。
『わたしのぶどう園に行って働きなさい』(マタイ21・28)、そうすれば『わたしはお前の報い』(創15・1)となるだろう。

読み、書き、歌い、願い、沈黙し、祈り、勇気をもって苦しみを受け入れなさい。
永遠の命は、このような苦悩、いやそれ以上の苦悩に値するものである。

第49章「永遠の命への憧れと、そのために戦う人に約束された大いなる報いについて」の3、4節には、

あなたは、『神の子供の栄光の自由』(ローマ8・21)に入りたがっている。
またあなたは、永遠の住居と喜びに満ちた天の国を望んでいる。
しかしその時はまだあなたの上には来ていない。
今は、まだその時ではなく、戦いの時、苦労と試練の時だからである。

あなたはまだこの世で試され、さまざまに鍛えられなければならない。
たびたび慰めも与えられるが、しかしこの世に完全な慰めはない。

「キリストを生きる」トマス・ア・ケンピス(翻訳:山内清海)

深い霧が少しづつ晴れてきて、心が軽くなるような気持ちになります。 

わたしたちのこの世での日々は、信仰があったとしても苦悩や試練の連続です。
それらに打ち勝ち、内的成長のための糧と捉えて前に進むことができるのは、イエス様の教えを「知って、理解して、信じている」からです。 

現在の苦しみは、将来、わたしたちに現されるはずの栄光と比べると、取るに足りないとわたしは思います。
わたしたちは救われているのですが、まだ、希望している状態にあるのです。
目に見える望みは望みではありません。
目に見えるものを誰が望むでしょうか。
わたしたちは目に見えないものを望んでいるので辛抱強く待っているのです。
(ローマ8・18、24〜25)

と、ここまで書いたところで28日のごミサに与り、宮﨑神父様のお説教で目を見開かされました。

「永遠の命を得るということは、イエス様の求める生き方を追求して自分の人生を全うすること、とも言えるでしょう。」

わたしがこの記事を書いていることは、もちろん神父様がご存知なはずはないのに。
思わず、「今日のお説教素晴らしかったです!」とお伝えしました。
(「いつも、やろ」と返されました。) 

 

「 永遠の命とは」と、こうして聖書の言葉などを紐解きながら、友人がもっと「教えを知りたい」という好奇心を掻き立ててくれることは、わたしにとっても喜びです。

  

内なる旅

「The Book」といえば、「聖書」を意味します。

2010年の映画「ザ・ウォーカー」(デンゼル・ワシントン主演)は、原題「The Book」です。
それが聖書とは知らずに、「本を西へ運べ」という心の声に導かれ、目的地も分からぬまま30年間アメリカを西に歩き続ける男の話しです。

先日、「星の旅人たち」という映画を観ました。
原題は「The Way」

The Bookが聖書であるように、The Wayは聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路のことです。

旅の途中で出会ったジプシーの男が主人公に告げた、「息子の遺灰をムシーアの海に撒け」との言葉に従って、目的の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラに辿り着いた後も旅を続ける、父親の物語です。
父親役はマーティン・シーン、息子役はエミリオ・エステべス、2人は実の親子であり、息子のエミリオがこの作品の監督です。
(AmazonPrimeでご覧になれます。)

 

イスラエル、ローマ、サンティアゴ・デ・コンポステーラが、キリスト教の3大巡礼地と言われています。

スペイン語でEl Camino de Santiago(サンティアゴの道)と呼ばれ、El Camino(その道)、つまりThe Wayといえば、この巡礼のことを指します。

エルサレム、ローマと比べ、800キロ以上もの道のりを1か月ほど歩き続ける行程は、かなりハードルが高いものです。
そして、イスラエル、ローマへの巡礼とはかなり様子が違うのです。

つまり、「純粋なカトリックの信仰の故に歩く」のではない人の方が多いようなのです。

この映画の主人公もそうです。
旅を共にすることになる3人の仲間も、それぞれに「歩く理由」を持っていました。

巡礼者の中には、理由・目的をはっきりと自覚している人もいれば、それを捜すために歩く人もいます。
歩く理由、あるいは、生きる理由とも言えると思います。

わたしがイスラエル巡礼をした理由は、イエス様たちが生きた土地を自分で体感したいから、でした。

(実際には、足の不自由なわたしにとって灼熱のイスラエルを歩き回るのはかなり大変で、イエス様たちの生きた証を体感するなどという素敵な目的は、ほとんど忘れていましたが。。。)

歩く理由、生きる理由は本当に必要でしょうか。 

男子はすべて、年に三度、すなわち除酵祭、七週祭、仮庵祭に、あなたの神、主の御前、主の選ばれる場所に出ねばならない。
ただし、何も持たずに主の御前に出てはならない。
(申命記16・16)

旧約時代の人々、熱心なユダヤ教徒たちは、この3つの祭りを厳格に祝うことを今で言う「巡礼」、と考えていました。

理由は、「主がエジプトからあなたを導き出されたから。エジプトで奴隷であったことを思い起こすため。すべての収穫、すべての働きの実を祝福してもらうため。」でした。

巡礼者であるとはどういう意味でしょう。
巡礼を始める人は、まず目的地をはっきりと設定し、それを心と頭につねに置いています。
ですが同時に、その目的地に達するには、目の前の一歩に集中することが必要で、足取りが重くならないよう無駄な荷を下ろし、必要なものだけをもち、疲れ、恐れ、不安、暗闇が、歩み始めた道の妨げにならないよう、日々頑張らなければなりません。
このように巡礼者であるとは、毎日新たに出発すること、再出発を続けること、旅路にあるさまざまな道を進むための熱意と意欲を新たにし続けるということです。
疲労や困難はあっても、それによってつねに新たな地平と、見たことのない光景とが広がるのです。

キリスト者にとっての巡礼の意義は、まさに次のとおりです。
わたしたちが旅に出るのは神の愛を発見するためであり、と同時に、内なる旅によって自分自身を見いだすためでもあります。
内なる旅とはいえそれは、多様なかかわりに刺激され続けるものです。
つまり、呼ばれているから巡礼者なのです。
神を愛し、互いに愛し合うよう呼ばれています。
ですから、この地上におけるわたしたちの旅が徒労に、あるいは無意味な放浪に終わることは決してありません。

その逆で、日々、呼びかけにこたえつつ、平和と正義と愛を生きる新たな世界に向かうはずの一歩を踏み出そうとしているのです。
わたしたちは希望の巡礼者です。
よりよい未来に向かおうとし、その道すがら、よりよい未来を築くことに全力を尽くすからです。

「第61回世界召命祈願の日」教皇メッセージより

記事を書くために色々と読んだり調べたりしていたら、この、教皇様のメッセージに出会いました。
現代のわたしたちが巡礼する意味が、明確に述べられています。

イスラエルやローマなどに行かずとも、わたしたちは巡礼者、旅人なのです。

内なる旅を続けながら、自分自身を見出す人生、それが巡礼なのでしょう。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

この映画、とてもお勧めです。

 

歴史の評価

ローマに滞在中の聖書の師匠が、カラバッジョの作品の写真を送ってくださいました。

サンタゴスティーノ聖堂(ローマ)にある、カラヴァッジョの『ロレートの聖母(巡礼者の聖母)』

貧しい農民であろう老夫婦が、聖母子を拝む様子が描かれています。

聖母マリアは、33歳のカラヴァッジョが当時の公証人パスクアローネを襲撃し、大怪我を負わせる原因となった娼婦マッダレーナ・アトニエッティがモデルと言われています。

崇敬の対象である聖母マリアが普通の人々と同じように素足で描かれ、肩を出した露出の高い服、しかも巡礼者とかなり近い距離であることから、不敬だとしてライバルの画家に訴えられて裁判にかけられ、実際に投獄されています。

マリアの母性は、わたしたちを神の御父としての優しさに出会わせてくださる、もっとも直接的で、容易な道です。
聖母が、信仰の始まりとその中心へ導いてくださるのです。
それは、計り知れない賜物で、わたしたちを神に愛される子どもとし、御父の愛のうちに住まわせてくださるのです。

(教皇様の4/10のX)

 

そして、今観ているネットフリックスのドラマに登場したのが、次の作品です。

この『ゴリアテの首を持つダビデ』は、カラヴァッジョ最晩年の代表作です。

旧約聖書に登場する巨人兵士ゴリアテを倒し、斬り落とした首を持っている、羊飼いダビデの姿を描いた作品です。

彼は、このタイトルで3枚の絵を描きました。
マドリードのプラド美術館に所蔵されている絵は、初期の作品とされています。
他の2つのバージョンは、ウィーンの美術史美術館とローマのボルゲーゼ美術館にあり、これはローマにある作品です。


若きダビデと手に掴まれたゴリアテの首は、カラヴァッジョの若い頃と晩年の自画像だと言われています。
同情と愛を秘めた目でゴリアテの首を見つめているダビデの表情は、人間の複雑な心理描写であるように感じます。

「カラヴァッジョはこの作品を枢機卿に贈答することで、自らの罪を改悛している姿勢を示し、恩赦を得ることを画策した」
「ダビデの持っている剣に「H-AS OS」という文字が刻まれていおり、これはラテン語の「humilitas occidit superbiam(謙虚さは誇りを殺す)」の略語」
「旧約聖書の英雄ダビデをイエス・キリストに重ね合わせ、巨人ゴリアテを悪魔になぞらえて、イエスによって悪魔は葬られることを指す。」
「イエスは謙虚さであり、ゴリアテは誇りを意味する。」
などと説明されているサイトもありました。

https://note.com/ryuishi/n/nf836e5bb9e20

カラバッジョは、いわゆる「キレやすい」人物だったことはよく知られています。
頻繁に問題を起こし、人を切りつけ、絵画のモデルとして死体や娼婦を使っていたことも有名です。

彼が生きていた時は、作品よりも彼の問題行動や人間性の方が評判だったのかもしれません。
しかし今となっては、彼の作品は最高級の芸術品として崇め奉られています。

死がその評価を変える例としては、ゴッホなどとも通ずるものがあります。

イエスのご復活によって、悪は力を失いました。
失敗も、わたしたちがやり直すのを阻むことはできません。
死さえも、新たないのちの始まりへの通過点となったのです。

(教皇様の4/8のX)

・・・・・・・・・・・・・・

:余談1:

教皇様のX(旧ツイッター)のアカウント名は、@Pontifexです。
ラテン語で、pontifex maximus は教皇を意味します。

元々は、「最高神祇官」(古代ローマの公式な宗教行事を司る神官団に属する人)を指す言葉でした。
今では、pontifexはカトリックの司教を意味していて、英語のpontificate(尊大に話す、横柄な態度で話す)の語源になっています。(笑)

 

バチカンへの定期訪問のためローマを訪れた日本の司教らは、4月8日(月)より、教皇庁の各省・各機関を精力的に訪問し、日本のカトリック教会の現在の情勢を報告すると共に、具体的な情報の交換とより緊密な関係構築に努めた。

アド・リミナ(ad limina )とよばれるこの定期訪問では、「使徒たちの墓所へ」を意味するその言葉のとおり、初代教会を支え、宣教に尽くし、ローマで殉教した2人の使徒、聖ペトロと聖パウロの墓参りが行われる。

バチカンニュースより

・・・・・・・・・・・・・・・・・

:余談2:

「ゴリアテの首を持つダビデ」の絵が出てきたのは、ネットフリックスの「リプリー」というドラマです。
アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』(1960)が新たにドラマ化され、先週から配信されています。

イタリアの美しい風景があえて全編白黒なところが、かえって美しさを際立たせているように感じました。

この作品もまた、何度もこうして映像化され、歴史に残る名作となっています。

 

行動する女性たち

4月の教皇様の祈りの意向は、「女性の役割」のために、とされています。

「女性の尊厳と価値があらゆる文化で認められ、さまざまな差別に終止符が打たれますように」。

ビヨンセ(アメリカの世界的アーティスト)の楽曲に、「Who run the world? Girls!」というのがあります。

誰が世界を動かしてる?女性たちよ!!

日本では女性管理職の数が少ない、議員になる女性が少ない、などと言われていますが、世界を見渡せば、女性たちがまだ旧約聖書の時代のような扱いを受けている国もあるのです。

聖書が書かれたのは、古くは今から4000年以上前であるにも関わらず、そして、当時は当然の如く女性蔑視(人数を数える際にはカウントされないですし)の時代であったにも関わらず、旧約にも新約にも、歴史を動かす女性や男性に怯まず行動する女性たちが描かれています。

イエス様が亡くなった時とその直後、すぐに行動したのは女性たちでした。

イエス様が息を引き取られた時に、百人隊長が「まことに、この方は神の子であった」。と言い、その様子を婦人たちが遠くから見守っていました。(マルコ15・40)

 

ジェームズ・ティソ(James Tissot)
『十字架上から見たキリストの磔刑』 1890年頃

 

この人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って、仕えていた婦人たちである。
なお、このほかにもイエスと一緒にエルサレムに上って来た多くの婦人たちがいた。
(マルコ15・41)

マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスが納められた場所を見ておいた。
(15・47)

安息日が終わるとすぐに、3人の女性たちは香料を買って墓に向かいます。

彼女たちは、遺体の腐敗が始まっているであろうことには気にも留めず、イエス様への献身の故に、最後の奉仕をしようと行動するのです。

十字架につけられたイエス様と一緒にいた彼女たちの誠実さは、その不在が際立っているペトロをはじめとする十二人の弟子たちの不誠実さとは対照的です。

「日が昇るとすぐ」(16・2)彼女たちは墓に向かいます。

マルコがわざわざ日の出を記したのは、旧約の最後の預言にあたるマラキ書の言葉を指し示しているのかもしれません。

わたしの名を畏れるお前たちには、正義の太陽が輝き、その翼には癒しがある。
お前たちは外に出て、肥えた子牛のように跳ね踊る。
(マラキ3・20)

正義の太陽とはまさにメシアを指しています。
そして、週の初めの日は、神が光を創造した日、つまり新しい創造の始まりを意味します。

7日のごミサで宮﨑神父様がおっしゃったように、週の初めの日、つまり日曜日から始まるわたしたちの日常は、イエス様の復活を記念して集うミサごとに新しくされます。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

何度か紹介している画家、ジェームズ・ティソ(James Tissot、1836~1902)
晩年は、フランス東部のドゥー県シュヌセ=ビュイヨンにある修道院で聖書の挿絵に取り組みました。

先日のNY滞在の折、JewishMuseumで彼の連作を見てきました。

旧約聖書の物語を描いた作品は、どれも生き生きと描かれており、画集を買ったので今も時々開いて見ています。

「十字架上から見たキリストの磔刑」という作品は、BrooklynMuseumにありますが、次にご紹介する作品はJewishMuseumに収蔵されています。

 

旧約の中で主人公として描かれている女性は何人もいますが、このエステルはわたしのお気に入りです。

ユダヤ人であることを隠してクセルクセス王の妃となったエステルは、王の家臣であるハマンがユダヤ人の虐殺を計画していることを知り、機転を効かせて行動し、それを阻止するという物語がエステル記です。

この絵は、エステル記に書かれている豪奢な王宮の様子をよく表しています。

銀の輪と大理石の柱には、白い木綿の織物と緋色の幔幕が良質の亜麻布と紫色の織物でできた紐で結ばれていた。
また、まだら石や大理石、真珠貝やいろいろな宝石でモザイクを施した床の上には、金や銀の長椅子が置かれていた。
(エステル記1・6)

信念を持って行動する女性の姿は、いつの時代も鮮烈な印象を残します。
男性には武勇伝的なものが多いのに比べ、知恵と機転を効かせた女性の行動力は、あっぱれとしか言いようがないと思いませんか?

男性と女性は同じ、ではなく、女性にしかできない役割、能力というものがあると思っています。

教皇様のご意向のように、全ての女性たちの尊厳と価値が守られますよう、祈りましょう。

 

 

一致した祈り

ミサで1番好きな時間は、皆さんが一緒に『主の祈り』を唱える時です。

新しい典礼になり、完全に覚えられていないセリフもありますし、まだ、「また司祭とともに」と唱えていらっしゃる方も多いのですが、ミサの中で、『主の祈り』を唱える時は、集っている信徒が一致して、神様に感謝の祈りを捧げている実感があるのです。

毎週、二人の司祭と神学生によるごミサに与れる久留米教会は、本当に恵まれています。

・・・・・・・・

先日、叔父が亡くなりました。 
わたしもとても可愛がってもらいましたし、何より父とは仲の良い兄弟でしたので、突然の死にただただ呆然としました。
あまりにも急なことでしたから、お通夜も葬儀も、家族親戚一同、涙に暮れるというよりも、お正月にさえ一同に会することのない人々が集まり、賑やかな優しい時間を過ごしました。

葬儀の際にお坊さんが唱えるお経を聞きながら、皆さんと共に手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱える瞬間に、「あ、これはミサの時に感じるのと同じだ」と思ったのです。

おそらく、会場にいたほとんどの方が、熱心な仏教徒というわけではなかったと思います。
ですが、叔父のために参列してくださり、葬儀の際にしか手にしないであろうお数珠を指にかけ、叔父の安息を願って「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と何度も共に唱えるのです。

 

わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光に輝く父が、神を深く知るための知恵と啓示との霊をあなたがたに与えてくださいますように。
そして、あなた方の心の目が照らされて、神の招きに伴う希望がどのようなものであるか、聖なる人々が相続する、約束されたものの栄光が、どれほど豊かであるか、また、神の力強い威力ある働きかけに従って、信仰をもつわたしたちに及ぼされる力が、どれほど偉大なものであるかを、あなた方が知ることができるように祈っています。
教会はキリストの体です。
このキリストこそ、教会のすべてのものが、すべてにおいて満たされていくもので満ちておられる方です。
(エフェソ1・17〜19、23)

この、パウロの祈りでパウロが言う「すべてのものが、すべてにおいて満たされていくもの」とは、わたしたちが心を合わせて祈る気持ち、キリストに結ばれたわたしたちの一致した祈りではないかと思います。

G7が広島で開催されました。

平和公園で並んで献花をし、目を閉じて黙祷を捧げた各国の首脳たちも、あの瞬間は「犠牲になられた皆さんの安息」を一致して祈っていたことでしょう。

 

あくまでもへりくだりと優しさをもち、広い心で、愛によって互いに耐え忍び、平和という絆で結ばれて、霊のもたらす一致を大切に保つよう熱心に努めてください。
(エフェソ3・2〜3)

ウクライナのゼレンスキー大統領が広島についてすぐ、「平和はさらに近づくだろう」とツイートされたそうです。

実際には「もっと武器を、もっと戦車を。戦闘機も!」と言うために来られたのかもしれません。
それでも、広島という地で多くの国の首脳たちが、「平和に向かって一致団結して行こう」という姿勢を見せることには感動しています。

聖霊による一致のうちに、あなたとともに神であり、世々とこしえに生き、治められる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって、戦禍に苦しむ人々の憂いと悲しみが一日も早く取り去られますように。
アーメン

3年ぶりに、女性の会によるコーヒーバザーが開催されました。

 

共に歌う喜び

教会のこの風景が戻ってきました。

今年から、入祭と閉祭の聖歌を歌い始めていましたが、この日曜日のミサはマスク着用が任意となり、人数制限も設けずにみなさんと共に聖歌を歌える喜びを嚙みしめました。

旧約の時代から、神様からの恵み、愛、救いを体験した人々が、心にわきあがる感謝や喜び、感動や信頼を詩や歌にして表現してきました。

聖書の中には、神への賛美がたくさん記されています。

ダビデは神の護りに対する確信と信頼(詩編23編)を、イエス様の受胎を告げられたマリア様は計り知れない神の恵みへの畏れと感謝と喜びを詩に表し(ルカ1・46~55)、獄中のパウロはシラスと共に苦難の中から讃美歌を歌い祈っています(使徒16・25)。

イエス様は、ゲツセマネの園へ向かう前に弟子たちと賛美の歌を歌っています(マルコ14・26)。

神様と向き合い、大きな恵みや愛を受けて生きるわたしたちが、その感謝や喜びを表し、苦難の中にあっても神への信頼を歌うのが聖歌であり、それは、心の奥深くから湧き出る「祈り」なのです。

【一般社団法人キリスト教学校教育同盟ホームページを参考に抜粋】
https://www.k-doumei.or.jp/publications/backnumber/2007_07/2007-07-16/

 

全地よ、神に喚呼せよ。
み名の栄光をほめ歌い、栄えある賛美を捧げ、神に申しあげよ、
「全地はあなたを拝み、ほめ歌い、あなたの名をたたえて歌います。」
諸国の民よ、わたしたちの神をほめ、賛美の声を響かせよ。
(詩編66・1〜4、8)

ミサでみなさんと共に歌うことは、わたしたちにとって特別なことであり、同時にごく当たり前のことでもあります。
葬儀ミサでも、わたしたちは共に心を合わせて祈るように歌います。

全員が聖歌隊のように完璧に音を合わせて歌うことが出来るのが理想かもしれませんが、なかなかそうは行きません。

でも、それで良いのです。

共に歌う、共に祈りの表現を神に向かって届ける、このことが大切でしょう。

7年ほど前、フィリピンのタグレ枢機卿を久留米教会にお迎えしてミサを司式していただきました。
フィリピン式のミサでは、明るい聖歌をたくさん歌います。
「神様ありがとう!!神様大好き!」という感じで。
知らない曲ばかりでしたが、わたしも楽譜を見ながら大きな声で歌いました。
とにかく楽しかった!
後で、当時の主任司祭に「ミサが楽しい!と思ったのは初めてだった!!楽しかった!!!」と言ったらショックを受けていましたが。(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・

14日は母の日であり、世界広報の日でした。

わたしもこうして、ホームページと広報誌の『みこころレター』を通して、久留米教会の広報の役割をいただいております。

宮﨑神父様がお説教で、「毎日、様々な媒体を通して洪水のように押し寄せてくる情報をしっかりと見極める必要」についてお話しされました。
そして、「教皇様、司教様が発せられるメッセージを受け止めてください。全て福音に基づいている情報であり、わたしたちの信仰生活に有益なものです。」とおっしゃっていました。

聖書と典礼の最終ページに書いてあったように、「わたしたち一人ひとりがお互いにキリストを伝えるメディアとなるように招かれている」ということを、広報の役割を務めながら痛感しています。

わたしたち一人ひとりの言動から、信仰を持つことの意味、久留米教会の魅力、そうしたものを発信することができますように。

 

自分は何者か

雨に打たれる植物を見ると、心から癒される気持ちがします。

荒野の40年
ヨベルの年(7年×7回)
12使徒

聖書には、キーワードとなるこうした数字があります。

1年が12ヶ月なのは、月が地球を1年間にほぼ12回転することから来ています。
このことは、地球から見ると月の満ち欠けが1年間に12回繰り返されることを意味しています。

古代の人々は自然を観察してこのことを理解し、「12」という数字に自然に特別な意識を持つようになったのです。

ギリシア神話には、オリンポス山の山頂に住んでいると伝えられる12神が。
ピアノの鍵盤は、1オクターブはドからシまでに、白が7個と(半音の)黒の5個の合計12個の鍵盤。
アメリカ、イギリスの陪審員は12人で、これはキリストの12使徒からきていると言われています。

星座は12個、日本では干支は12ですし、日本語には「十二分」という言い方があり、これは「十分」を超えてさらに上を強調する意味合いで使用されます。
十二単衣とはたくさんの衣、ということ(実際には12枚着ていない)らしいです。

最近の若い人は「あなた何年生まれ?」とか聞くのでしょうか。
「今年は年男だ」
誰かがそう言ったら、自然と「あら、じゃぁ今年は48歳なのね!」などとわかります。

このように「12」という数字は不思議なもので、わたしたちの生活に根付いているのです。

 

教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。 
バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。
バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。
こうして、多くの人が主へと導かれた。
それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。
二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。
このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。
(使徒言行録11・19~26)

フラ・アンジェリコ『山上の説教』

「使徒たちの中で、自分は誰に近いだろう」と考えたことはありませんか?

GW中に読み返した本の一つに、12使徒をわかりやすく表現したものがありました。
(以下は、わたしの抜粋です。)

⭐︎ペトロ
漁師あがりの一番弟子
岩を意味するペトロというニックネームをイエスに付けられたが、何があっても動じない岩のような人にはなかなかなれなかった。

⭐︎アンデレ
ペトロの弟で、裏方タイプの穏健派
最初の弟子の一人だが、ずっと「ペトロの弟」で過ごした。
穏やかで控えめな男だが、アンデレとは「男らしい」という意味。
主役でないが渋い奴。

⭐︎ヤコブ
魚屋の息子で、怒りっぽいが頼りになる、スペインの守護聖人。
ヤコブとヨハネ兄弟の母はマリアの従姉妹。
怒りっぽいのでイエスは雷の子というあだ名をつけた。
イエスの死後すぐ、地中海をまたにかけて布教に飛び回ったことで、ホタテ貝がシンボル。

⭐︎ヨハネ
イエス“最愛の弟子“はのちに福音書を記す。
実家の魚屋は従業員が何人かいて、裕福な“いいとこのボン“で通っていてプライドの高い若者だった。
イエスの死後、マリアを自分の家に引き取って亡くなるまで実の息子のように世話をした。
拷問を受けても死なず、12使徒の中で殉教しなかったのはヨハネだけ。

⭐︎マタイ
嫌われ者の徴税人から出世、師の教えを書き残したペンの人。
イエスが生きている間は特に目立つ弟子ではなかったが、師の言動を注意深く見守り、記録していた。

⭐︎トマス
“復活“をなかなか信じない厭世家
復活したイエスが最初に弟子たちに現れた時も、聖母マリアが大勢の天使に迎えられて天に昇った時も、トマスはたまたまその場にいなかった。
頑なで疑り深い。

⭐︎フィリポ
優柔不断で慎重な、いちばんの古株
「パンと魚の奇跡」「最後の晩餐」でのエピソードからも、頭の固いリアリストだったことがわかる。
ギリシャ語を話すユダヤ人信徒のリーダー格となり、ギリシャを始め、スキタイ地方や小アジアなどに布教した。

⭐︎バルトロマイ
生皮を剥がれて殉教した学者肌の人格者
ヨハネ福音書のナタナエルと同一人物。フィリポによってイエスを知り、世界の果てとされていたインドにまで布教した。

⭐︎シモン
イエスの弟子になる前は、過激なユダヤ民族主義者集団である「熱心党(ゼロテ)」の一員。

⭐︎小ヤコブ
先輩使徒にスペインの守護聖人になったヤコブがいるので、区別のため「小」ヤコブと呼ぶ。
若かったからか、身体が小さかったからか。

⭐︎タダイ
ルカ福音書には「ヤコブの子ユダ」として登場する。
シモンと共に、ペルシャにまで布教する。

⭐︎ユダ
裏切り者の代名詞とされるが、弟子の中でも優れて理性的。
遠藤周作は「イエスの生前、彼の真意を理解していたのはユダだけだった」と記す。

 

久しぶりに読み、思い出した確信がありました。
12人はやはり、「素晴らしい人だったから選ばれた」のではない、ということ。
他の11人よりもユダの方がずっと素直で正直だったのだ、ということ。

心を騒がせるな。
神を信じなさい。
そして、わたしをも信じなさい。
(ヨハネ14・1)

自分のことを重ねて使徒たち、弟子たちの逸話を見てみると、わたしにはトマスやフィリポのように頑なな面があり、またマタイのように人の話を注意深く書き留めるところもあり、ユダのように正直すぎるところもあり。。。

バルナバのように、聖霊と信仰に満ちたキリスト者でありたい、と思います。
パウロと激しく議論して、お互いに信念を曲げずに各々宣教に赴いたエピソード(使徒15・36〜40)は、「わたしもそうしそうだわ」と思ったり。
自分とは一体何者なのか、こうして聖書の登場人物になぞらえて考えてみるのも面白いものです。

 

 

5月の祈り

5月は聖母の月となっています。

先日、宮﨑神父様とお話ししていた時、「5月は、召命、ウクライナの平和とともに、世界中で迫害されている教会のためにも祈りたい。」とおっしゃっていました。

メディアの規制がなされている影響か、最近はあまり報道されませんが、中国では教会が破壊されるなどの信仰弾圧が起こっています。

アジアは、地球上の面積の約30%を占めています。
約46億人の人々が住んでおり、アジア全域で2,300以上の言語が話されています。
また、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教、仏教、ジャイナ教、シーク教、道教、儒教など、主要な世界宗教の発祥地でもあります。
もっとも突出した宗教はイスラム教で、12億人が信仰しており、次いでヒンドゥー教が9億人となっています。
アジアに住む46億人のうち、カトリック信者は全人口の3.31%に過ぎませんが、教育、医療、社会福祉、貧しい人々や社会から疎外された人々への援助の分野で大きな貢献をしています。
(アジア司教協議会連盟 シノダリティに関するアジア大陸総会最終文書(2023年3月16日)より)

文化大革命の終わりに推定300万人いたとされる中国のプロテスタント教徒の数は、2021年の集計で1億人を超えたと言われています。
(中国政府の発表では3,800万人)。

さらに、カトリック教徒は推定1,000万~1,200万人はいるとされているそうです。
カトリック教会で掲げる聖母マリア像に代えて、習近平氏の肖像を掲げるように強制するところも現れている、と以前報道されていました。

 

 

その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。
しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。
一方、サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた。
さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。
フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。
群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。
実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。町の人々は大変喜んだ。

(使徒言行録8・1~8)

この箇所は、フランシスコ会訳聖書では『教会に対する迫害』『フィリポのサマリア宣教』というタイトルが付けられています。

当時のユダヤ人にとって、サマリアは毛嫌いしていた人々の住む地域でした。
ここでの弟子たち(フィリポたち)はヘレニスト(ギリシャ語を話す人々)を指しているので、よりプライドの高いユダヤ人たちだったであろうと想像できます。
その彼らが、サマリアでまで宣教を行ったのです。

歴史的に見ると、宗教は迫害を受けてさらに強められてきた面もあるかもしれません。

昨年来、いわゆる新興宗教の問題がクローズアップされていますが、信仰体験によって強められた信仰心は、叩かれ、禁止されることでより強まることがあるのではないでしょうか。

 

聖書に書いてあるとおり三日目に復活した
(1コリント15・4)

ここで大事なのは、「三日目に」ではなく「聖書に書いてあるとおり」だ、とベネディクト16世の本にありました。

「三日目に」を直接に証明する聖書の箇所はなく、神学的に意味のある日付ではないのです。

ホセア書6・1~2には「さあ、我々は主のもとに帰ろう。主は我々を引き裂かれたが、いやし我々を打たれたが、傷を包んでくださる。
二日の後、主は我々を生かし三日目に、立ち上がらせてくださる。我々は御前に生きる。」とあり、これが根拠だとする聖書学者もいますが、ベネディクト16世によると、この箇所は、罪を犯したイスラエルの痛悔の祈りであり、死からの復活について書かれてはいない、といいます。

十字架の後三日目の日曜日に起きた出来事が、この日に特別な意味を与えているのです。

つまり、空の墓を見つけた日であり、復活した主との初めての出会いに結び付いた日。

さらに言えば、以前ここに書いたように、「弟子たちの」「わたしたちの」復活体験を記念する日が「三日目」なのです。

当時は、ユダヤ教の安息日(金曜の日没から土曜の日没まで)の掟が聖書を根拠として固く守られていましたが、それに代わるキリスト教の新しい習慣として、1世紀末には日曜日が主の日として定着しています。

空の墓の発見と復活した主との出会い、という並外れた出来事が起きた「三日目」、つまり日曜日が安息日と置き換わったのは、当時の社会にとって革命的な変化であったはずです。

 

教えを信じ、洗礼を受けたキリスト者は、何かしら個別の復活体験を持っています。
わたしたちは、正しい牧者に導かれ本物の門を通ることで救われた、という経験があります。

建物としての教会を壊されても、その信仰が消えるわけではありません。

聖母の月に、信仰を享受できていることへの感謝とともに、迫害を受けているキリスト者たちのためにお祈りしましょう。

 

力づける言葉

今週は、初夏を思わせるような陽気でした。

だれか人の役に立つ、というのは本当にうれしく、幸せを感じることが出来ます。

「必要とされること」「それに応えること」は、人間関係の構築においてとても重要な要素だと思っていて、いつも「わたしにできることがあれば」と行動するよう、心がけています。

先日お会いした方が、「人のためになること、人が喜んでくれることをすること、これがわたしのモットーです」とおっしゃっていました。 

 

思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。
神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。
身を慎んで目を覚ましていなさい。
あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。
信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。
あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているのです。
それはあなたがたも知っているとおりです。
しかし、あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通してあなたがたを永遠の栄光へ招いてくださった神御自身が、しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。
力が世々限りなく神にありますように、アーメン
(1ペトロ5・6~10)

わたしが大好きな聖句のひとつです。

「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい」

思い煩ったことの無い人はいないと思います。
不安や心配事を抱えている人に、自分の経験から「神様にお任せするといいよ」と伝えてあげられるのも、わたし自身がそう言ってもらったことがあるからです。

強め、力づけ、揺らぐことのない気持ちを得ることができた経験があるから、必要としてくださる方にわたしができること、その方が望むことをすることで、また、わたし自身が強められる気がします。

 

わたしは常に主を思い浮かべる。
主がわたしの右におられるので、わたしは揺らぐことがない。
この故に、わたしの心は喜び、はらわたは楽しみ、わたしの身は安らかに憩う。
あなたはわたしの魂を陰府に捨て置かれず、忠実な者に墓の穴をお見せになりません。
あなたはわたしに命の道を示してくださいます。
あなたの前には溢れる喜び、あなたの右には永遠の楽しみ。
(詩編16・8〜11)

23日のミサで、この聖句が引用された使徒言行録が読まれました。

「主がわたしの右におられるので、わたしは揺らぐことがない」

強められ、力づけられる御言葉です。
宮﨑神父様がお説教でおっしゃったように、「御言葉に勇気をもらい、ご聖体をいただくことで力をいただくのがミサ」ということを、心から実感できた日曜日でした。

 

久留米教会にはいろいろな活動グループがありますが、そのひとつ、そして一番期待されているのが青年会の存在です。

 

井上つばさくん、中園ふみやくん、この2人が、新生・久留米教会青年会を率いてくれることになりました。

みんなのはじけるような笑顔、どうですか!?

そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。
「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。
それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。
彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」
一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、使徒たちの前に立たせた。
使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。
こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。
(使徒6・2~7)

自分にできること、自分が周囲の人から求められていること、どうすれば隣にいる人を喜ばせることができるか。

そう考えながら生きることができるのは、最高の幸せではないでしょうか。 

 

赦されること

さて、ペトロとヨハネは、午後3時の祈りの時間に神殿に上っていった。
すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれてきた。
この男は、神殿に入る人々に施しを乞うために、毎日、「麗しの門」と呼ばれる神殿の門の所に置いてもらっていた。
彼はペトロとヨハネとが神殿に入ろうとするのを見て、施しを乞い求めた。
ヨハネとともにいたペトロは、彼を見つめて、「わたしたちを見なさい。わたしには銀も金もない。しかし、わたしの持っているものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」
そして、彼の右手を取って立ち上がらせてやると、躍り上がって自分で立ち、歩き出した。
神を賛美しながら、二人とともに神殿に入っていった。
(使徒3・1〜8)

エルサレム神殿の門の一つです。
2000年以上まえに、このあたりに罪の赦し、身体の癒しを求めて座っていた人たちがいたのでしょうか。

 

支援させてもらうようになって5年になる方がいます。
数日前、その方からお電話がありました。

「選挙の期日前投票に連れて行ってもらえないでしょうか。」

5年前に、ある神父様から紹介されたとき、その方は少し体調の優れない様子でした。
次第に身体が弱り、寂しさもあり、お酒に溺れるようになってしまい、入退院を繰り返すようになりました。

この5年の間に、色々な問題、ハプニング、、、がありました。
時には、掃除に行った時や電話口で、わたしに荒々しく怒鳴ることも。

ただ、どのような時も傍らには聖書があり、口癖は「わたしはなぜ神様に生かされているのでしょうか。」でした。

あなたは存在するものすべてを愛し、
お造りになったものを何一つ嫌われない。
憎んでおられるなら、造られなかったはずだ。
(知恵11・24)

我ながらよく辛抱強くその方に付き合ってきたな、と思いますが、不思議と、お付き合いを止めたいと思ったことは一度もありませんでした。

その方が、数日前の電話で、こうもおっしゃったのです。

「この数年のことを、あなたに会ってゆっくり話して謝りたい。」

わたしにとってその方の存在は、冒頭に紹介した使徒言行録にある、神殿の門にいる人のようです。
神を信じ、イエス様に癒しを乞い求める日々なのです。

イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
そう言って、手とわき腹とをお見せになった。
弟子たちは、主を見て喜んだ。
イエスは重ねて言われた。
「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」
そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。
「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。
だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
(ヨハネ20・19~)

謝ってもらいたいと思ったことは一度もありませんが、その方のお気持ちがとても嬉しく、お会いした時には「これからは、もっと寄り添ってお話を聞けるようにしたいと思っている」とお伝えしたいと思っています。

福音宣教4月号の本田峰子さんの連載に、マタイの「仲間を赦さない家来のたとえ」について、こう書いてありました。

主人は、「わたしがお前を憐れんだように、お前も同僚を憐れむべきではなかったか」と家来を叱責します。
ここで主人は彼に、憐れむという語〈エレエオー〉を用いて語っています。
心情的に「憐れむ」という意味だけではなく、「憐れみで相手を助ける」という、行為を含む意味があることも大切です。
人を憐れむということは、かわいそうだと思うことではなく、助ける行為をすることなのです。
(福音宣教4月号 63ページより)

憐れみや同情の気持ちを持つだけなら、自分サイドだけの満足にとどまるものです。
冒頭のペトロのように、「わたしの持っているものをあげよう」と言えなければ、イエス様の教えを理解して生きているとはいえません。

あなた方の父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。
(ルカ6・36)

自分が神に赦されることと、自分が他の人を赦すことは切り離せないということと同様に、これは、神の子である根本条件なのです。