信じる者たち
あけましておめでとうございます。
元日のごミサでは、新成人の祝福がありました。
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小さい頃から知っている彼女が、こうして晴れやかな装いで二十歳のお祝いを迎えるなんて、宮﨑神父様だけでなくわたしたちみんな、感無量です。(涙)
そして、今年はどのような一年にしようか、と思いを巡らせながら主の公現のごミサに与りました。
ミラノ宣教会のフェルッチョ神父様も共に司式してくださり、新年から贅沢な時間となりました。
今年はどのようなことがあるでしょうか。
どのように過ごしましょう。
年末からずっと考えています。
この神秘は、福音がもたらされることによって、異邦人がキリスト・イエスに結ばれ、約束されたものの共同の相続者、一つの体にともに属する者、ともに約束にあずかる者となるということです。
わたしはこの福音のための奉仕者となりました。
神が、その力の働きかけによって、わたしに与えてくださった恵みとしての賜物に則してのことです。
(エフェソ3・6〜7)
宮﨑神父様が、お説教でこうおっしゃいました。
「自分が信仰を持っていることへの感謝を忘れないこと。
そして、それを次に伝える使命を持っていることも忘れてはなりません。」
教会に来なくなってしまった方たちのことを考えて、「信じる」と言うことは自分だけの問題なのか、と思いを巡らせています。
わたしたちは、それぞれにマルトゥリオン(証)を身に帯びています。
信仰の証、神秘を一度受けたことは、消えることはないはずです。
ある意味、異邦人であったわたしたちが、共に、一つの体、同じ約束にあずかる者となったのだ、と強く感じ、今年をスタートさせることができました。
今年も福音のための奉仕者として、神様が与えてくださったお恵みを日々見逃さずに生きようと決意を新たにしました。